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2012年10月 6日 (土)

私たちは、政治をバカにし過ぎてきたツケをここに来て一気に支払わされるのか、否か。2

「日本維新の会」とやらの存在は、日本政治/政界に、M&A手法が通用するのかどうかという“実験”でしかないだろうし、そうみなして観察すべきものだろう。(決して、私たちが与するべきものではない)
この場合の“資本”とは、彼らが“民意”と称するものと同一であり、“資本/民意”は何の矜恃も自負もなく、自己利益最大化のみに向けて動く、すなわち“蟻の合理性”に従うものとみなされている。
つまり、彼らにとっての“民意”とは、訳の分からない甘言を弄する「投資ファンド」とやらにナケナシの小金をつぎ込んでは一喜一憂する(騙されやすさだけが取り柄の)“ありがたいお客様”に過ぎない。そこには、共栄をもって良し/善しとする対称的関係ではなく、専門・素人、権威・無能といった主従関係に近い非対称的な関係性が成立している。
だから、彼らにとっての“お客様/顧客”とは“投資/投機”に失敗したなら勝手に“自己責任”とやらをとってくれる実に物分かりの良い“お客様”でなければならないのである。
個々の“資本/民意”の側に立って子細を探れば、実に真摯な意図で「初めての投資をしてみよう」という“お客様”も案外多いにちがいない。
「世界を何とかの森で埋め尽くすナントカグリーンプロジェクト」だの「ナントカレアアースの採掘で夢のニューマシンがどうしたこうした」だの、「ノーベル賞級の頭脳が集結した我が社だけが可能なナントカポートフォリオ」だのなんだの、そのような甘言のウラを取ることもなく、まだ世間的には十分な認知度がない、あるいはそれゆえに秘密裡に進行する画期的な動向に自分も参画するといった類いの刹那的多幸感に、いったいこれまでどれほどの人が酔いしれ惑わされ、そして結果的に騙されてきたことか。
もちろん、一般的にはナントカファンドがどうしたこうしたであっても、法的な枠内で実直に運営されているものがきっと/恐らく/多分ほとんどなのではあろうが、業態の構造として誇大な広告勧誘が行われやすいのは事実だろうし、その際に“お客様”が真摯で情熱的、一方で視野が狭く思い込みが激しいタイプであってくれればあってくれるほど、(言葉は悪いが)格好の“ネギカモ”なのも事実だろうし、よってそういう“お客様”を拒否すべきインセンティブがこの業界に存在しないのは確実なところだろう。
したがってそういう構造を熟知した上で策略をめぐらす悪質かつ確信犯的な者らは、大量の“ネギカモ”猟をデマカセ的甘言の流布によって成就させ、M&Aやら何やらで暴力的とも言える資本増殖を仕掛けていく……これをまぁ純粋に商売の世界で仕掛けて一世を風靡したのがホリナントカが代表時代のLDHだったと言えるだろう。
当時彼は「時価総額世界一」を目指すとあながち放言とも言い切れないレベルで豪語する一方、メディアの寵児として妙な著作を出版したり、テレビ局と懇ろになり報道バラエティー等に格好の話題を提供し続けたり、やがてはプロ野球球団買収だのテレビ局買収だのを仕掛けるに至り、しまいには選挙にすら打って出て、挙げ句の果てに今や悪名高き東京地検に逮捕されるという顛末をまるで乗り物としてのメリーゴーランドやジェットコースターのように“演じ切った”。
この一連の騒動において、ホリナントカその人及び市井の“お客様”候補を煽りに煽って盛んに木に上らせ、情報バブルの喧騒/狂騒を惹き起こす一方、自分たちはあくまでも安全地帯にいながらにしておいしい上澄みだけをいただいて逃げ切り、今や何気無い顔をして「維新維新、橋下橋下」と厚顔無恥にも連呼してみせているのが、言うまでもない、ますますカルテル化しマフィア化著しい情報商人/報道商人どもにほかならない。
ホリナントカをめぐる一連の騒動で、最も悪質なのは、したがって(誰がどう考えても)自ら矢面に立たず自ら直接関与せず、ひたすら喧騒/狂騒=情報の増殖それ自体が貨幣に変換されていくような一種の社会インフラを独占的に所有している情報マフィア/報道マフィアの連中であることは明らかであり、更にはそのまた影に潜んで「格差社会の進行」をホリナントカへの視線の集中作用を利用して見事に“表沙汰”にしないことに成功した“アドミニストレーター”らなのである。
ホリナントカその人がいかにも愚かだったとすれば、こういう連中に担ぎ上げられ木に上らされる“視線を集中する役割を負ったピエロ役”に過ぎないにもかかわらず、それに気付きもしないで有頂天になり過ぎ、図に乗って、アドミニストレーター/マフィアの所有する利権インフラの一画にまで手をかけようとしてしまったという点にあるだろう。
それゆえ、連中お得意の手のひら返し/しっぺ返しに会い、一気に奈落まで突き落とされることになったわけなのだが、連中の始末に負えない薄汚さは、自分たちが盛んに持ち上げた者を自分たちで突き落とすという、そういう卑劣な裏切り行為としての転落騒動すらも“立派な飯のタネ”にする点だ。
多くの私たちが、未だに必要でもない情報に触れたり、話題にしたり、あるいは情報の通ぶってみせることが、あたかも“善”であるかのような風潮に抗し切れていない。
ネットを好んで利用するタイプの方にも、情報の欺瞞性を暴くのに有用と考える人と、より情報の“通”ぶるために利用する人とでは、その利用スタンスに大きな隔たりがある。
身体が、高度な免疫体系を生体維持の必要性から体内に宿したように、私たちは本来は、〈情報免疫体系〉を心的に構築し得るようもっと努力すべきなのだろう。
そうでなければ、結局私たちは〈騒ぎ屋〉どもに煽られては操られる“衆愚/お客様”とみなされ、彼ら特有のやり方でなされる“侮辱”を甘んじて受ける側に回ってしまうのである。
一見、整合的・説得的にすら見える意見に接するとき、だから私たちはよほど注意して接するべきなのだし、流されないだけの自立した/自律的な自己を予めいかに構築しておくかが肝心になるのである。
そういう点をふまえた上で、メディアの誰も正面切っては批判しないような人物の言辞に接する……しかも、盛んに眉に唾をつけながら接することを基本的スタンス=礼節とすべきなのだ。
(この項、つづく)

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コメント

安倍晋三が「小沢さんが会ってくれない」と言って政権を投げ出したのは忘れもしないが、ナントカ貴文なる人物、すっかり忘れていたなあ。小泉だのブッシュだのをさんざん持ちあげていた、あの引退した武部勤が「我が息子です」と騒いだ時が、ニュースがバラエティとして定着するころか。選挙民は自公に本気でNOを言うつもりがなかったから橋↓なんかに騙されたいんだとしたら困りもんだ。ヤッシー知事がどれだけのものだったかは大いに疑問にしても、あの「青少年健全育成条例」という最悪の条例を持たない長野県民は素晴らしいじゃないかと注目すべきだ。で、我が(?)都知事閣下の4期目を阻止できなかったあり様はほんと恥ずかしいことだ。などなど、いろいろ考えさせられました。

投稿: 穣 | 2012年10月 7日 (日) 11時31分

穣さま、コメントありがとうございます。

ホリナントカと同じ資質の人物をメディアの寵児に祭り上げておいてから、直接政治に参入させたパターンが橋下/維新ケースでしょう。
やっているのは、いわゆるベンチャーキャピタルによる資本増殖的手法を、政治に応用するということだと思いますが、まぁ、メンツが悪すぎますね。

前置きが長くなり過ぎて、羊頭狗肉なものになりそうですが、ご愛嬌ということで(笑)。

投稿: にいのり | 2012年10月 7日 (日) 13時09分

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