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2012年10月11日 (木)

私たちは政治をバカにし過ぎてきたツケを、ここに来て一気に支払うことになるのか……否か。4

「欺瞞」「詐術」「ごまかし」「でまかせ」で飯を喰らう者たちは、当たり前の論理を用いて人を説得することが出来ない。当たり前、すなわちオーソドックスな論理でモノを述べると、自らの欺瞞性が露わになってしまうから。
『週刊現代』10/13号に表れた堺屋太一なる三文文士にして「維新の会」とやらの特別最高顧問(笑)を務める人間の発言の一々について、そういう感想が頭をよぎる。
実際、どうなのか。具体的にみてみよう。
(以下、『』内は、同週刊誌からの引用文)
まず、こういう無意味な人物を登場させるにあたって欺瞞メディアの採るのが、あからさまに誘導的な舞台設定だ。
無内容な中身をいかにも意味ありげなものに見せるために、否定的対象と肯定的対象とのコントラストを必要以上に強烈なものにする。
まさに、演劇やショーにおけるライティングや効果音と同じことで、否定的な対象には薄暗い不気味な照明をあて、淀んだ音響を流し、肯定的対象には明るいスポットライトをあて、さわやかで軽快な音楽を流す。
『週刊現代』10/13号で否定的対象として取り上げられているのは、自民党総裁選を闘い終えたばかりの安倍晋三だ。
大見出しからして読むに耐えないものになっている。
『安倍がソーリ?そんなバナナ』
おちゃらけた印象を醸し出したいというのは漠然と伝わってはくるが、なぜおちゃらけなければならないのか分からないし、特に『そんなバナナ』の『バナナ』がどこから出てきたのかほとんど意味不明だ。ちょっと、ここの編集部の人間はやはりおかしいのではないだろうか、いや、頭が。
個人的な感想をさしはさめば、私は当ブログでも何回か言及している通り、自民党政治家の中では安倍晋三をもっとも評価している。
その政治的主張にはほとんど賛成しないが、政治的理念と、そこから派生する政策が自民党の中では最も鮮明なのが安倍晋三だろう。
そういう意味で理解しやすいのであり、むしろ私のような者にとって分かりにくいのは、どう見ても中学生並みの知性しか感じさせない石原ナントカ程度が、前総裁を追い落とす形で有力候補になった経緯だとか、また石破ナントカの(地方)党員人気とされるものだ。
そもそも、未だに自民党の一般党員をやっておられる方々の政治的理想や理念というものが、私のような者には実はさっぱり分からないのだが、特に「安倍ではなく石破」という場合の、石破でなければならない部分とは何なのかというあたりが、残念ながら私のような者の想像力の及ぶところではない。
あえて言えば、マスメディア/官僚/米国にとって一番扱いやすいのが思わず親の顔を見たくなる典型的なクルクルパーの石原、一番扱いにくいのが安倍で、間を取って石破という程度の違いしか思い浮かばない。
であるなら、自民党総裁というのは安倍のような人物で良いではないか。何がいけないのか。私にはさっぱり分からない。
思想が違うのなら、意見が違うのなら、堂々と批判すれば良いだけの話で、お互い立場も思想も異なる中で誰が/どの党が国民に対する政治的訴求力を最も発揮するのか。それが、政治的闘争ではなかったのか。
私は、安倍が政権時代に唱えていた「再チャレンジ」を自らを実験台として見事にやってのけてみせた点においても評価すべきと思っている。
人の上に立とうと思う人は、日本的な腐敗臭のする“評判の輪、お友達の輪”など気にすることなく、不撓不屈の精神でチャレンジすべきだし、そういう姿を積極的に見せるべきだと思う。
むしろ、私にとって、報道マフィアの形成する「ウワサの共同体/評判の共同体=評判ムラ」の住人の典型に見えるのが橋下徹のような人物である。
高級官僚やマスメディアから「叩いてもいいよ」とお墨付きを得た下級官吏や現業の人間なら容赦なく叩いてみせる、オレはスゴいぜとカメラ映りを気にしながら気取ってみせる、大向こう受けするファイティングポーズを明日試合を控えたボクサーのように大々的に公開しておいて、後でこそこそ撤回しておく。
卑怯者たちのお人形。卑怯者たちのお誂え向きのアイドル。それが橋下徹という人物ではないのか。
それを証明するかのように『週刊現代』では『そんなバナナ』記事の次に『総理は安倍より橋下でしょ』なる見出しを踊らせる。
いったい、これだけの飛躍的判断がどこから出てくるのか、ほとんど意味不明ではないだろうか。
世論調査で『維新』に期待する『橋下』に期待すると答えている人でも、さすがに「次の総理は橋下で」と考える人はそうはいまい。
『週刊現代』に典型的なののだが、この「橋下推し」メディア連中の切羽詰まった雰囲気、額から脂汗をだらだら流している雰囲気、これはちょっと異様にして異常である。
誰かに脅されてでもいるのだろうか?
異様な「橋下推し」連中に共通している傾向……それ少し注意深く観察してみれば容易に分かることだが、この者たちはほとんどが「異様な小沢潰し」に奔走したのと同じ顔触れなのだ。
この者たちは、万が一橋下の党が失速どころか破綻して、国民の目線が橋下から小沢に注がれるような事態に陥ることを異常に恐れている。
報道マフィアらにとって、橋下程度の雑魚なら、自らのレーゾンデートルあるいは寄生基盤が脅かされたり崩壊させられたりする恐れはないが、小沢の場合は冗談では済まないかも知れないのだ。
だからこそ、この連中にとって、自民党総裁なら安倍よりも石破、石破よりも石原が望ましいのだし、小沢を目立たせないためには橋下に第3極の代表役を務め続けてもらわねば困るのである。
そこで、そういう報道マフィア連中の寄生基盤を、ごまかしに次ぐごまかしの手練手管で守ってみせる“最後の大物”たる堺屋なる人物が特集記事の大取りとして満を持して登場してくることになるというわけだ。
見出しが奮っている。
『日本維新の会最強のブレーンが120分間語りつくした』『堺屋太一「橋下の仲間はガラクタばかり」という批判に反論する』
ほうほう、では『反論』してもらいましょう。
『橋下徹・大阪市長率いる「日本維新の会」が国政政党として船出しました。同時に、世論の風当たりが強まっていることも感じます。
それも当然です。「維新」すなわち体制改革を目指すとなれば、批判や反対が出ます。8割の人が「現状は悪い」と考えていても、いざ改革案が出ると、「それは行き過ぎ」という者も「まだまだ足りぬ」という者も現れます。その結果、改革案が否決されると「悪しき現状」が続くのです。』
記事の出だしはこのように始まる。
何気なく読み流してしまうともっともらしいことを言っているようだが、いかに一般大衆向け週刊誌だからといって、やはり「最強のブレーン」と自他共に認めるのなら、せめて「最強」らしいところを見せてくれないと。
「現状は悪い」と考える人が8割にのぼる集団がある。そこで「現状打破」のための「意見」が誰かから打ち出される。それに対して「行き過ぎ」と考える人、「まだまだ足りぬ」と考える人、両者が出現するのは当然ではないのか。むしろ、ない方が不自然だ。賛否両論はいつでもどこでも常にある、当たり前だろう。当たり前のことを当たり前ではないかのように言いくるめるのはやめていただきたい。
賛否両論があるのは当たり前、それゆえに期待されるのが(政治的)リーダーシップというものだったはずだ。
橋下徹という男には政治的才能がある、すなわちリーダーシップがあると“最強のブレーン”がいう。「よし、“最強のブレーン”がそう言うのなら、その橋下という男に期待してみよう」と多くの者が思う。「よし、好きなようにやってみなはれ」。
やらせてみたらどうだ。声と態度だけはデカイが、後はどうもひっちゃかめっちゃかじゃないか。大言壮語の前言撤回、勇猛果敢な羊頭狗肉(笑)。「もしかしたら、ヤツは単に目立ちたいだけのバカではないのか」
そういう評価が大きくなり始めた折りに、「改革案を否決するな」という言い方は見当外れもいいところなのであり、自分で言い始めた「改革案」を日替りメニュー、朝礼暮改にして誤魔化し始めた姿を見て「おいおい話が違うじゃないか」と多くの人が感じ始めたのが「今」だろう。
その現状を把握も分析も出来ていない“最強のブレーン”がいったい何を擁護し何に反論しようというのか。
冒頭からして、三流週刊誌にありがちな見出しと本文がまるで違うという壮絶なガッカリ感が辺り一面に漂い始めている。(笑)
(この項つづく)

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コメント

橋↓には本当は一貫したヴィジョンなんかないとバレるのも時間の問題でしょうか。ところで、
〉自民党政治家の中では安倍晋三をもっとも評価している。
その政治的主張にはほとんど賛成しないが、政治的理念と、そこから派生する政策が自民党の中では最も鮮明なのが安倍晋三だろう。〈
かなり考え抜いた皮肉交じりでしょうが、ここは目から鱗が落ちる部分で、さすがだなと、読みました。わずか1年の間に安倍は、たしか10以上の法律を通したが、官僚制度に手を突っ込むというポーズだけ見せて、「教育改革」に始まるリベンジと再チャレンジとだけをするつもりだけなら怖いことではあります。美しい国を作りたいとか憲法改正とか言われると、生まれた時から日本は充分美しいし、兵隊にとられることもないし、日本はいいよなあと思っている僕のような人間からすると、むしろ、こいつが反日勢力かよと疑問がわいてくるわけです。

投稿: 穣 | 2012年10月12日 (金) 23時45分

穣さま、コメントありがとうございます。

いかようにお読みいただいても結構ですし、私のようなものの表現力の拙さというものもあると思うのですが、私は、安倍の危険性と野田の危険性とを比較した場合、野田の方がはるかに危険だと思っているのです。
私は、政治家でも市民運動家でもありませんので、仲間を募る、同意者/同調者の輪を広げるためにこのブログを書いているのではありません。お読みになった方の考えるヒントにでもなればと思い綴っているだけです。
保守思想家としてみた場合、安倍氏には浅薄な面もあるなとは思うのですが、自分の権力欲を満たすために民衆をダシにする菅直人だの野田佳彦だのより、はるかに政治家らしい政治家だと言おうとしました。
私は、安倍氏を大々的に支持するような右翼チックな人々をまったく評価しませんが、それと安倍氏個人の評価とは分けて考えております。
もし私が、いわゆるマスメディアに誘導された世間の評判通りの小沢像によって小沢を評価しようとしていたなら、きっと私はアンチ小沢派になっていたことでしょう。
それと同じことですね。

投稿: にいのり | 2012年10月13日 (土) 02時28分

たしかに僕もマスメディアに毒されてる部分が大きいです。実は、派遣切りに合って次の仕事がなかなかなく、同情するなら仕事くれ、というケチな気分になっていたところ、ガツンと来るブログに出会って良かったよと読んでいたわけです。ろくな読解力もなくコメントしていましたが、来週からまた契約社員の道が見つかり、今回も9時5時とはいかない仕事なので、ますます、このブログを読んでよく考えるところまでは出来なくなると思いますが、引き続き頑張って下さい。

投稿: 穣 | 2012年10月13日 (土) 11時08分

穣さま、返信ありがとうございます。
以前、私も、自分のブログを始める前に、ブログ界では有名な某氏に「いつも意見が大体同じで共感していたが、その件についてはどうか」という趣旨で持論をぶつけたことがありました。
そのブログ主の返答は、「批判は批判として承るが、私の意見は私の意見、あなたの意見はあなたの意見。あなたも私も社会的には別の職業を持つ素人。意見があるのなら私にぶつけるのではなく、自分で表明することを考えては」というようなものでした。
なるほどと思い、こんなブログですが始めた経緯があります。
個人個人、いろんな意見の相違、微妙な色合いの違いがあるかと思いますが、目指す方向は同じだと思います。
小沢などは懐が深いので、橋下が頭を下げれば一緒にやるのではないですか?
私にはマネできませんが。

当面の職がお決まりとのこと。
私も何回も転職を余儀なくされ、今では若い頃考えていたのとはまるで縁のない業種に就いていますが、
なんとかなるさの意気込みで頑張りましょう。

投稿: にいのり | 2012年10月13日 (土) 12時42分

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