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2012年11月13日 (火)

「正視に耐えぬ現実」、あるいは「小沢排除」の帰結として瞬く間に広がった社会的荒涼に関する点描。 1

あまりのバカバカしさゆえにブログを更新する気力も起こらず、しばらく休んでしまっていたが、昨日11/12、最高裁において小沢一郎の無罪が事実上確定した。小沢一郎を裁判にかけるまでにいたるあまりに稚拙なプロセスが、一部の知識人やプロ/市井を問わぬ優秀なジャーナリストによって半ば暴かれることにより、一審・二審ともに無罪以外の判決を下しようがない状況だったことは、既に多くの国民の知るところとなっている。
ただ、忘れてはならないのが、小沢が無罪だったからそれでよしとしてしまうのではなく、この事件の検察側関係者が定年前退職で職責上の逃亡を企てたり、虚偽捜査報告書を提出した検察官が御身大事の検察判断により不起訴になっていることなどである。検察審関連では「最高裁事務総局」なる国民のほとんどがその機能について知らされていない公的機関の内情が白日のもとにさらされつつあり、その組織がいわば非公式権力とでも呼ぶべき“政治的”な権力を思うがままに振るって来ているらしい実態についても更に詳しいレポートが待たれる。
私たちは、三権の一たる司法権力をも巻き込む形で存在している行政官僚権力の“闇の”実態について、ほとんど無知な状態に留め置かれているため、適切な権力批判の言論をすら構築できないまま、いまや、国家存亡の危機さえ迎えつつあることを知るべきだ。
苦笑せざるを得ないのは、普段はいわゆるネトウヨの牙城と目されているようなYahoo!だの2chだのといった普通の人なら目を背けがちのネット掲示板にあってさえも、「小沢無罪」判決の妥当性に肯定的に言及する意見にあふれ、少なくとも次のような意見を開陳する愚か者はほぼ皆無だったことだ。
すなわち「小沢の疑惑はまだ晴れていない。国会で説明させろ」
この、私たち政治に無知な素人ですら、それを口にすることは余りにも恥ずかしく、いかにもバカ丸出しのために、ほとんど禁句扱いを受けてしまうようなセリフ。遠慮会釈のかけらもないネット掲示板において、そのようなセリフを口にしようものなら、たちまちのうちに“情弱”認定されて誰も相手にしてくれなくなるようなほとんど人間失格同然のセリフ。そういう類いのセリフを、今この状況下にあって平然と口にしてしまうほどの愚か者/バカ者がいわば関係者の中に実在する、という事実/現実。
そういう愚か者が公党の党首や幹事長をしているようでは、「この者たちはもはやネトウヨ以下の存在だ」と、国民の多数からの軽悔の視線にさらされたとしても自業自得としかいえまい。
それでも政敵に対しては多少の無茶も口にせざるを得ない己れの支持者の期待を裏切りたくない政治家ならまだ許せる余地があるものの、少なくとも表面的には公平さを装うべき学者の中にすらも、ネトウヨでさえ禁句状態にあるその手のセリフを平然と口にしてしまうような使い物にならない人物も存在するのであり、それがこの国の「政治学」のレベルを表象している。
『朝日新聞』(11/13)では、「小沢氏の政策作りを支援したことがある」などという白々しい但し書きをわざわざつけて登場した山口二郎なる自称(?)政治学者が次のようにのたまっている。
『小沢氏側は無罪判決を名誉回復と受け取るだろうが、市民感覚では「政治とカネ」をめぐる疑惑に説明責任が果たされたとは思えない。小沢氏や元秘書に対する検察の強引な捜査は、政党政治への介入として厳しく非難されるべきだが、国会などの場で説明せず、国民を失望させた小沢氏の責任も重い。結局、自民党支配を終わらせるはずだった民主党が、疑惑にふたをするという自民党的手法で失速したということではないか。』
この山口二郎なる男、「ハシズム」とかいう橋下徹の批判に一見かこつけた実質上の宣伝文句を考案して悦に入っていたメディア便利屋学者の一人だが、こんな常套句と頓珍漢な論理を弄ぶバカは今やネトウヨにさえ少なくなっていることに自分ではまるで気付いていないらしい。
時代錯誤も甚だしいとはこのことだろう。
「市民感覚」「政治とカネ」「説明責任」「疑惑にふたをする」などという嘲笑ものの常套句/決まり文句のオンパレードで何か言ったつもりになれるのは、もはや時代から相手にされていないこの手の便利屋学者の断末魔として受け取るべきなのであろう、「恥ずかしいからもうわざわざ北海道から出て来る必要はないよ」と真摯なアドバイスをそろそろ贈ってあげなければどうしようもないようだ。
それにしても、素人にすら劣るこんな「政治センス」を生のまま公にしてしまうような「政治学者としてのセンス」ひいては「人として、生きとし生ける者としてのセンス」には、あらためて愕然とせざるを得ないものがある。
しかも、最後の一文はほとんど意味不明で何が言いたいのかさっぱり分からない。再録してみよう。
『結局、自民党支配を終わらせるはずだった民主党が、疑惑にふたをするという自民党的手法で失速したということではないか。』
当人及び朝日新聞の編集人以外で、この最後の一文が何を意味しているか理解できる人間は果たしているのだろうか。
百歩譲って、例えば未だに鳩山内閣が続いており、鳩山が民主党を守るために小沢を副代表か何かに棚上げしたまま、今の今まで逃げおおせてきたというのなら、最後の一文も多少の意味を持つかも知れない。
だが、実際には、鳩山内閣退陣以降、代表戦に立候補した菅直人が小沢に対して野党に対するような辛辣な誹謗を交えた選挙戦を戦い、それまでのマニフェストの実効性を台無しにする消費税増税最優先を突然打ち出した上で、不正の噂される選挙方法で勝利をおさめているというのが現実なのだ。
しかも、投票日当日だかに検察審による小沢の強制起訴が決定するという“奇跡的な偶然”までもがオマケについて。
さらには菅直人の勝利後、岡田によって長期にわたる党員資格停止処分までくらい、棚上げどころか座敷牢につながれ、晒し者にされる仕打ちを小沢は受けている。
これのどこが「疑惑にふた」だというのか。
こういうメディア芸者に見紛うような意味不明の陳述で人を混乱させては喜んでいるような悪質な便利屋系学者を、そうと知ってか知らずか執拗に使い続ける新聞屋は、だからますます国民から見下されるようになるのだ。
先程、植草一秀のブログを読んだところ、彼は『日本経済新聞』なる迷走新聞に対して辛辣にして説得的な批評を繰り広げていたが、『朝日新聞』の紙面作りも負けず劣らず酷いものであることを、ここに一証言として付け加えておきたい。
笑えるのは、同じ日に、『週刊朝日』なる“実話誌”を恥ずかしげもなく刊行している『朝日新聞出版』なる朝日新聞子会社が、橋下徹にこれみよがしに謝罪に出掛けていることだ。
それを社会面でまるで自慢でもしているかのようにデカデカと掲げている。
記事によると、『朝日新聞』には「報道と人権委員会」なる第三者機関があるとのことだが、ではこの大層な名称を有する機関は、部落差別だけを重大な人権問題として認識しているのだろうか。
というのも、もしこの御大層な機関が正常に機能しているのなら、もはや『朝日新聞』なる新聞は自主的に発行を停止していなければ辻褄が合わないのではないかと考えるからだ。
事実というか、いみじくもと言うべきか、その隣には、「布川事件」と呼ばれる強盗殺人事件で犯人にでっち上げられ、44年という長き忍従の期間を経て再審無罪を勝ち取った方の国賠提訴の記事が載っているではないか。
「県警、検察はこれまで謝罪せず」などと白々しくも書いているが、県警、検察の尻馬に乗って、新聞屋もこの方に対するお定まりの人権侵害記事を書き散らしていたのは間違いあるまい。
もちろんそればかりではない、先に無罪が決定した「東電OL殺人事件」で犯人とされたネパール人についてはどうだろう。
この方は、「私とネパール人に謝罪してほしい」旨をあえて発言している。わざわざネパール人と付しているのは、外国人差別的な偏見を助長する流れがあったとご本人が認識しているからに違いない。これについてもマスコミは、警察・検察の尻馬に乗ってあることないこと書き散らしているはずであり、また、被害者女性に対する多大なる人権侵害も犯しているはずなのだ。
この手の報道は枚挙に暇がないというべきで、冤罪被害者については言うまでもなく、実際に罪を犯していた人にしても余計なことまで書きなぐり、犯罪被害者にいたってはたまたま被害にあったというだけなのに、顔写真から何から微に入り細を穿つ勢いで全く無関係なプライバシーまで報道され放題なのである。
その絶え間ない人権侵害。
それに加えて「小沢報道」だ。一国を代表する政治的実力者であり権力者に対してとはいえ、支持者ならずとも顔をしかめ目を背けたくなるような数々の人権侵害を検察の尻馬に乗っかってなしてきた『朝日新聞』という名の組織的人権侵害企業は、事ここに至っても知らぬ顔の半兵衛を決め込んで済むとでも思っているのだろうか。
もちろん、東京大学法学部教授、元共同通信社論説委員長、元最高裁判事などという“お仲間”であることがあからさまに分かる委員で構成された「報道と人権委員会」なる“第三者機関”などまともに機能するはずもないことは分かり切っている。
分かり切ってはいるが、まるで何かの厳かなセレモニーででもあるかのように、これみよがしに橋下徹に謝罪し、(子会社)社長まで辞任してみせるのなら、下らない第三者機関の見解を待つまでもなく、「次期首相」であることがほぼ確実視されていた人物に対する偏見を助長するばかりか、国政を歪めることに率先してかかわった責を負い、(親会社)社長自ら声明を出した上で引責辞任してみせるのが筋というものではないのか。
いみじくも(親会社)『朝日新聞社広報部』は、『これを機に、当社はこの基本姿勢を当社内にも改めて徹底する』とのコメントを発表しているではないか。
組織的人権侵害企業が、自らそんなことを実行できるはずもないことはあらかじめ分かり切っているとはいえ、確信的人権侵害や脱税疑惑などの反社会的疑惑に加えてさらに嘘の上塗りをしたくないのなら、少なくとも現社長の引責辞任、役員の懲戒処分などは不可欠だろう。
もちろん、同じことは、NHKを始め、「記者クラブ」とやらに属し「日本新聞協会」なる俗悪な業界団体に所属する反社会的報道マフィア全てに当てはまることだ。
この俗悪な『朝日新聞』なる新聞マフィアは、他国の代表的メディアの不祥事についてなら、まるで他人事のように面白おかしく大々的に報道してみせるのも、いかにもこのイエロー新聞らしい薄汚い報道姿勢だと言える。
同じ日付の国際面をみると、『硬派BBC大揺れ』なる大見出しが否応なしに目に飛び込んでくる。
「BBC」とは、言わずと知れた英国の公共放送なのであり、あえて「硬派」なる形容をつけるあたりが、日本を代表せるイエロー“実話”新聞にして報道マフィアたる『朝日新聞』の面目躍如たるところと言えようか。
着目すべきは、我が国の「報道マフィア」間では問題にもならないようなことで、少なくとも英国メディアの経営責任者は引責しているという事実であり、そのような事実を報道しているにもかかわらず、我が国の報道マフィアには、人の振りを見て我が振りを正そうとしたり、人の失策をもって他山の石となすような姿勢が皆無であることだ。
他国のこととは言え、同じ業界にあってはいつでもどこでも起こり得ることを、ただただ面白おかしく、むしろ「ザマはねぇな」という態度で報道してみせている。
この、どうしようもない鈍感さと無責任さ。イエローな視線、ブラックな経営を常態することに慣れっこになった我が国の報道マフィアの堕ちた現実。
しかし、この救いようのない堕落業界には、いくら罵声を浴びせ続けても追い付きそうもない。
「冷笑と分析」……やはり、この業界に必要なのは、私のようなヘタな罵声語ではなく、「侮蔑の笑いを口許に浮かべながら、冷静にして的確な批評言を浴びせ続けること」なのだろう。
せいぜい私もそのようなブログを書けるよう、遅まきながらも努力してみたい。

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コメント

小沢一郎は金に任せて、裁判官に顔の効く、弁護団を雇ったのは明らか。
勝利したのは、しこたま金儲けをした犯罪者的な悪徳弁護士。
無罪は莫大な金によって得たもの。

投稿: 小沢の生活が第一 | 2012年11月13日 (火) 15時07分

コメントわざわざありがとうございます。
お説ですと、まるで裁判官が買収されたかのように読めてしまいますが、もしそれが本当なら、こんな読者の少ないブログなどに書き込むような無駄骨を折らず、
どこか信頼に値するメディアにたれ込んだ方が良いのではないでしょうか。
もしかしたら、TBSのようにCG付きの特別報道をしてくれるかも知れませんよ?

投稿: にいのり | 2012年11月13日 (火) 20時18分

いつも優れた論考を発信されていらっしゃいますことに勇気づけられております。
今回も,マスメディアは検察審査会や強制起訴制度の改善といった問題のすり替えを平然と垂れ流し,もはや,報道が終わったシステムとしてしか機能していないことには,恐怖さえ覚えます。冤罪事件としてのニュースはほぼ見当たらず,わずかな手がかりからまともな日々を生きることが,ほんとうに難しいというのがわたくしの実感です。
だからこそ,『小沢一郎の逆襲』は,とりもなおさず「国民の逆襲」たらねばならないと自覚すべきとおもっております。
なお,先日紹介いただきましたた高橋健太郎『ポップ・ミュージックのゆくえ』第4章の半分くらいまで読みましたが,アーティストの名前など8割方知らなくとも,読める内容で,p.278で著者が『「どうしてこんなことが書けたんだ?」と、じぶんじしんで驚かずにはいられなかった。』と吐露しているように,人生のある時期にしか降りてこない内容ですね。久しぶりに楽しい読書をしています。ありがとうございます。

投稿: 植杉レイナ | 2012年11月14日 (水) 00時54分

おはようございます。2行目の「最高裁に」は,たしか2審なので高裁のタイプミスではないでしょうか。つまらない指摘なので,これは読まれたら削除なさってくだされば幸いです

投稿: 植杉レイナ | 2012年11月14日 (水) 09時48分

植杉さま、ありがとうございます。


ご指摘のとおり

×最高裁
○高裁(東京高裁)

の誤りでした。

文章が長過ぎて、編集できませんので、コメント欄で訂正にかえさせていただきます。

投稿: にいのり | 2012年11月14日 (水) 16時51分

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