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2012年12月19日 (水)

今般の選挙結果を受けて 2

前回のエントリーでは、選挙当日の深夜に入力し始め、かなり感情的になっていたためか、いくつかの誤りをおかしていることが分かった。
投票数(率)の集計が出るのも待たず、当選者の数字ばかりを見て書いていたため、次のような表現になった。
>前回、(マスコミの言うとおり)民主党を大勝させたのと同じ人々が今回は(マスコミの言うとおり)自民党を大勝させた、単にそういう結果が示されたに過ぎない。

この表現だと、前回、比例区で民主党と書いた同じ人が、今回は自民党と書いたように読めてしまう。
しかし、現実は違った。(もっとも発表された“公式数字”が全て嘘偽りのないものとみなせば、の話なのだが…)
2009年度の総選挙といえば、いわゆる自→民政権交代選挙であり、自民党が大敗したとされる選挙だったのだが、前回の自民党の得票数と今回のそれとを比較すると次のようになる。(左が09年度、右が12年度)

(自民党得票総数)
選挙区:2729万→2564万(−165万)
比例区:1881万→1662万(−219万)

前回の投票率が約69%、今回が約59%だから、得票数が減るのは当然なのだが、有り体に言えば、自民党に入ったのは(何があろうと変わらぬ)組織票・固定票のみ(こういう票を飽きもせず死ぬまで投票し続ける人たちを日本の硬直層と呼ぼう)だったのであり、比例区で10%以上の票を減らしているのを見れば、むしろ自民党は、党勢としては前回の大敗時より更に得票数/支持者を減らし続けていると言って良い。
野党3年暮らしで固定票を大きく減らさなかったのは、むしろ立派と言えば立派な面もあるという好意的な評価も出来なくはないが、その内実/内訳が日本の「硬直層」でしかないことも加味すれば、政権というものは交代させることが出来るということを一度学んでしまった国民の多くにとって、やがて「自民党ブランド」などというものがまるで通用しなくなるのも時間の問題だと言えるだろう。

以上が、前回のエントリーの内容を若干修正したい部分なのだが、しかし、骨格的な部分、結論的な部分においては変更を要しないとも思っている。
結局、この選挙においては相も変わらず、私たち日本人の発想の貧困と付和雷同性が証明されてしまっているのだ。(それは、私たちの目線が国内の利害関係にのみ終始していることと関係している)
マスメディアが流通させた“既定路線”に巧みに乗って見せる国民性を、「民主党」に裏切られたと感じた心情を、彼らの思惑通りの「棄権」という選択によって表象してしまったのである。
森元首相のように馬鹿正直に「寝ていろ」とはさすがに直言はしなかったものの、新聞テレビ雑誌屋は「自民党の大勝は決定的」と各媒体で少しずつ発表時期をずらしながら何度も何度も広告宣伝(アナウンス)してみせた。
そういう情報に触れては“情報通”にでもなったような気がしてか、ふてくされてか、(そんな余裕などあるはずもないのに)高みの見物を決め込んでか知らないが、そうした人々が“本当に寝てしまった”ために、“第三極”の混沌と相俟って“本当に”自民党を大勝させてしまったのだった。
かくして私たちは、日本人というものは『自分ではない誰かの思惑通りに踊り、思惑通りに振る舞う〈内面〉の見えない木偶人形の群れのような人々』なのであり、世襲共産党支配下の“人民”らと何ら変わるところのない人々なのだということを対外的に表象してしまったのである。
これは一つの〈外交的敗北〉以外のなにものでもない。
そういう意味で、「日本の右傾化」などというものを、欧米も中国も本質的にはまるで怖がってはいまい。
なぜなら、「情報/報道」の思惑通りの結果を示すように動いてしまう“従順な集団”など、いくらでもコントロール出来ることを、よりによって選挙という国民全員参加型のイベントで国民の選択として示してしまっているのだから。
愚かな私たちは、主観的には右寄りの政権を選択して少しは強がってみせたつもりでいるのかも知れないが、その選択自体が、「外交上の敗北」の表象でしかないということを意識している人があまりにも少な過ぎる。
だから、『このような結果を出してしまうことにより、日本をこれからも使い走りとして扱って行きたい者たちは、ますます横柄な態度を取るようになるはずだし、日本に対抗あるいは敵対しようとする者たちは、ますます独立の“個体”として扱おうとしない侮蔑的な態度を取るようになるだろう』というのだ。
自ら率先して「外交上の敗北」を選択しているのにそれを自覚することも出来ない人々は、もちろんそれらの人々の上に“君臨”している振りをしている者たちも含めて、『必ずといって良いほど、精神的心理的「転嫁」あるいは「投影」を開始する。』
これほど日本を“右傾化(笑)”しようと頑張って努力しているのに、うまく行かないのは、誰かが邪魔をしているからだ、というふうに。
しかし、冷静になって良く考えればたちどころに理解されるはずであるように、あらかじめ外交上の敗北を示す選択をしておきながら、そこから何らかの勝利や果実を引き出そうとはムシの良すぎる話であり、始めから出来ない相談なのだ。
そこにあるのは「転嫁」が「倒錯」へといたるまで進行してしまった神経症的症状の重篤化でしかない。
一方で、小沢一郎の現在の主張は、日本が真に外交上の果実を手にするための布石である。しかし、そのことに気付こうとする者は少ない。
ゆえに、「ただ空威張りしたいがために、あらかじめ外交上の敗北という選択肢を選んでは悦に入るだけの“倒錯者”」が、この国にはあふれることになるのだ。
『「変わるべき」なのは自分自身なのに、「転嫁」する対象を見つけ出しては「変われ、変われ」と無理強いをする。「変わるべきは自分自身」であることを忘れた人々は、そうやって周囲を混乱と荒廃の渦の中に巻き込んでいく』……それが、現在の私たちの自画像ではないのか。

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