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2013年3月 1日 (金)

『経済ジェノサイド』中山智香子著(平凡社新書)について①

私が当ブログにおいて、“素人”の直感と思いつきで表明してきた「経済学」に対する不信の念について、
その同じ不信の念を共有しながらも、本格的学者らしい行き届いた資料の駆使と整然とした章立てとによって、『経済学者はいったい何をしている』のかについて、“素人”にも読みやすく理解しやすい形でその俯瞰図を示してみせる実に説得力のある「新自由主義批判」…というよりも「経済学批判」の書が出版された。
これは、著者の中に育まれようとしている思想を全面的に展開するための序章としても読めるものであるし、また、私のような“素人”が経済学に抱く不信と不満について、「そういう考えを抱くのはお前が無知だからだ」とは絶対口にしない立場から「世界経済の半世紀」の見取り図を示してみせた書物でもあり、「経済」関連本としては間違いなく貴重にして稀有な書物と言って良いだろう。
著者は、なぜ、このような書を著すことが出来たのだろうか。
キーワードは〈アントロポス〉という概念だろう。
著者は自らを意志的に〈アントロポス〉の側に置き、〈アントロポス〉の目線によって「経済学」の意味を問い直そうとしている。
それは、正直かなり骨の折れる忍耐力を必要とするもののはずだし、著者のようなアカデミズム内部の人にとっては“危険な”立ち位置でもあるはずだ。
しかし、氏が、恐らく信念に基づいて“あえて”というより“悦んで”〈アントロポス〉の側に身を置いているからこそ、このようなことを書くことが可能だったのであり、そのことにまず敬意を表したい。
それは、ニーチェによるキリスト教批判、吉本隆明による左翼批判、小沢一郎による自民党批判などに似て、山崎行太郎ふうに言えば〈存在論〉的な立ち位置なのであり、別の角度から言えば「知行合一」的な、もう少し俗な言い方をするなら「血肉の通う」言葉によって紡がれているものである。
そのような言葉の群れが、日本社会の中に出現し得ることは、まだ幾ばくかの可能性が日本社会にも残存していることを示唆している。
このような「仕事」に敬意を示し称賛することは、“素人”としてごく単純に快楽であり喜びなのであって、それは例えば浅田真央がジャンプを成功させた瞬間に思わず拍手喝采しているのと同じようなものであり、そのような喜びの前に“素人”として素直でありたい。
思えば、私は当ブログにおいて〈素人〉という言葉を自分なりに独特な意味合いを込めて意識的に用いてきたが、私の言う〈素人〉とは、〈アントロポス〉という語に置き換え可能であることがこの本を読むことによってたちどころに理解できた。
立花隆のような人物を典型例としてさんざんからかってしまったように、もっぱら自画自賛によって他者を眩惑する〈フマニタス〉の側にある者たちは、〈アントロポス〉の側にいる者たちが、その「独善性」に辟易していることに気付こうともしないし、気付くだけの感性も配慮も喪失しており、さらに喪失それ自体についてさえ無自覚である。
その「死に至る病」に罹患しながら、自覚症状すらない人々は、鬼子としての「ホモ・エコノミクス」という“新生物”に内部から喰い破られつつある。
スーザン・ソンタグが、「隠喩としての癌」についてしきりに考察していた間も、「ホモ・エコノミクス」は、「生殖」過程を経ない「増殖」を繰り返していたのである。

そういえば、そのソンタグにしろ、この本の著者の中山智香子にしろ、はたまた、著者が冒頭で言及しているナオミ・クラインにしろ、あるいは例えばシモーヌ・ヴェイユにしろ、最近というかこの50年の中で「社会」に対する重要かつ勇気ある考察を提出しているのがこれほど女性に偏りはじめているのは何かの偶然だろうか。
恐らく、そうではない。
それは、この著者の〈アントロポス〉の概念とも密接な関わりを有している。

画期的と思われてきた〈フマニタス〉の側の「合理性」が、骨と皮ばかりになって、明白な行き詰まりを示しつつある時、「女性」というだけでオートマチックに〈アントロポス〉として分類されがちだった者たちが、『あなた方からアントロポスと呼ばれておりますが、それが何か?』(281頁)と社会構造に言挙げを開始していることは、もうすぐ現行の支配構造が大きく揺らぎ始めることを示唆して余りある。

〈フマニタス〉と〈アントロポス〉は、単に敵対関係にあるものではなく、そう措定すべきでもない。
あえて大胆な言い方をすれば、両者は本来敵対すべきものではなく、生殖すべきものだ。
フマニタスの独善によって、鬼子のホモ・エコノミクスが全てを食い散らかしてしまわない内に。

次回以降、もう少し同書の内容に即する形で、言及してみたい。

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