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2013年9月 3日 (火)

訃報ふたつまで(藤圭子さん、谷川健一さん)その3

明治の元号が始まったのは、1868年のことだそうだ。1970年前後と言えば、だから大雑把に言って明治100年、日本近代一世紀目ということになる。
この一世紀の間に、では、日本近代には何が生じたのだったか。
まず、区切りの年として明治50年目を見てみることにしよう。明治初年から半世紀後の1918年とは、元号では大正7年にあたる年であり、社会的には自生的民衆運動の一つと言える米騒動などを経て、初の政党内閣である原内閣が発足した年として注目に値する。
世界にあっては、第一次世界大戦が終結を迎えるとともに、いわゆる連合国側にあっては、前年に生じたロシア革命を受け、対ソビエト包囲網というべきものが着々と進行しつつあった年でもあり、世界のパワーバランスが大きく変わっていく節目の年でもあった。
当時、日英同盟下にあった日本は、第一次世界大戦に(限定的ながらも)参戦しており、この年にはイギリスの要請により、シベリアにも出兵している。
つまり、明治維新半世紀を経て、日本は既にいわゆる先進国側のプレイヤーとして、まがりなりにもその陣営に加わっているのであり、客観的に見れば、キリスト教圏外の一国家の近代化という観点からすれば、良く言えば驚嘆すべき、悪く言えば奇異な事態を引き起こしていたとみて良い。
近代化半世紀を経た当時の国内の政治的パワーバランスを概観するなら、階級制の残滓を有した明治体制とでも言うべきものは徐々に終わりを告げようとしており、平民出身の(※実際には平民出身ではなく東北人の意地で爵位を固辞し続けたため、“平民宰相”と渾名されたのが真相とのことだが)原敬が宰相の地位に就いたのを象徴とし、米騒動や護憲運動という形を取った民衆パワーをエスタブリッシュメント側も無視できなくなっていた時期と言える。
文化的には、大正期から昭和初期にかけて、民衆の間にもいわゆる洋風の文化が定着して行き、モボ・モガなどと呼ばれる(それはいつの時代の言葉なんだと言いたくなるような)世界的にみてもひけをとらないお洒落な集団すら現れた。(中原中也の肖像写真などをみれば、当時の最先端の日本人が、いかにお洒落な洋装を自家薬籠中のものにしていたかがうかがい知れる)
モボ・モガ(改めて言えば、モダンボーイ、モダンガールを約した流行語)が、民衆史における正の側面を象徴しているのだとすれば、しかし一方で、近代化・産業化の進展にともない、今日の言葉で言うなら苛烈な格差社会化も確実に進行していたのである。
当時、1910年の大逆事件に象徴されるように、共産主義・社会主義者らには十分な弾圧がなされていたが、格差化社会に歯止めをかけようと、いわゆる公家(華族)・ブルジョア側にあって文学における白樺派を形成した武者小路実篤や有島武郎などは、いわゆる社会主義運動とは一線を画す形の社会活動にも乗り出したりしている。
すなわち、エスタブリッシュメント側の一画が危機感を抱くほどに、明治以降にエスタブリッシュメント側に立った者たちの既得権化が進行するのと並行して、近代化の恩恵に与れなかった者たちの閉塞感も強まって行ったのが、当時の日本社会の実状だったのだが、ここで私が強調しておきたいのは、近代化運動半世紀余を経て、内部に大きな軋轢と矛盾を抱えながらも、少なくとも有産階級にあっては十分に洋風化が進んでいたという事実である。
音楽分野においては、ヨーロッパのクラシックに加え、南北アメリカのポピュラーミュージックも親しまれるようになっていたという事実をとりあえずは押さえておきたい。
そして、(この論考にあって)肝心なことは、その頃の日本には、今日でいう狭義の「演歌」などというジャンルはなかったのだということ。
それが、藤圭子デヴュー半世紀前の日本の社会的背景なのだ。
そして、そうこうするうちに(?)、世界は(当然、日本も)米国発の「大恐慌」という強烈な揺さぶりを受けることになる。
(この項つづく)

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