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2013年9月 5日 (木)

訃報ふたつまで(藤圭子さん、谷川健一さん)その4

さて、有産階級を中心に、大衆/民衆の間でもいわゆる洋風文化が十分に定着するとは、どういうことなのだろうか。
良く言えば、学校教育における欧化教育が着実に実を結び始めていたということ……逆に言えば、明治政府は、近代化=欧化という安直な解釈によって、自国文化それ自体を近代化する契機を失い、やがてはほったらかしにしてしまったことを意味している。
では明治の音楽教育とは、どのように始まったものなのか。
Wikipediaには次のような記述がみられる。

(引用開始)
その内容(※学校音楽教育の内容)については、1878年(明治11年)、伊沢修二と目賀田種太郎が音楽に関する上申書提出をきっかけに固められ始めた。この中で、当時の音楽を(大衆音楽なども含めて)身分制度を引きずるものとして否定し、新しい国楽の推進をすべきという趣旨の意見が述べられている。(小林いつ子「音楽教育の歴史に学ぶ」)
(引用終わり)

これだけの記述でも十二分に推測できるのは、「近代化」ということに関する今でも広範に行き渡っている残念な錯誤だろう。
『身分制を引きずるもの』などというが、ヨーロッパの音楽は身分制を引きずっていなかったとでも言うのだろうか?いったい、モーツァルトは主として誰のために音楽を書き、演奏していたのか?
いったいモーツァルトは、いつから「私たちのモーツァルト」として嬉々として語れるようになったのか?(前回触れたように、ヨーロッパにおいてさえ、オーストリア=ハンガリー帝国、ドイツ帝国、またオスマントルコ帝国、ロシア帝国の崩壊や、ヨーロッパの名門中の名門ハプスブルク家が追放されるのは、第一次世界大戦の終結及びロシア革命を待たなければならなかったのであり、イギリスなどは勝ち組に位置し続けたために、かえって身分制度は古めかしい形で未だに残っている始末なのである)
「文化の近代化」とは、だからヒエラルキー化されていてある意味当然であるような高級文化から大衆文化までを網羅的に俯瞰し、そのエッセンスを巧みに抽出して国民/大衆に「開放」することにこそあるはずなのであって、『身分制を引きずっているから否定』してしまえば良いなどという安直なことではないはずなのだ。
『新しい国楽を推進する』などといったところで、文化というものが一朝一夕に“なる”わけがないのであって、特に学校教育にあって先を急ぐ/成果を急ぐあまり、体系的に生徒を教育するとなれば、「否定した/体系化する時間的余裕のないものはそのまま捨て置き」、ヨソサマの成果を安直に移入し移植することになるに決まっているのであり、事実、そのように推移している。
文化にとって最も大切なものであるはずの〈産みの苦しみ〉を回避するなら、過去の蓄積/遺産は、一部のいわゆる伝統芸能保存者や好事家の間で、細々と引き継がれるだけとなり、「学校」で初めて音楽教育というものを受ける国民/大衆の間では、何となく身の丈に合わないハリボテや着ぐるみのようなものが、それでも瞬く間に流通し席巻していってしまうことになる。
もちろん、ここで名前の上がっている伊沢修二らにしても、一般的な水準で言えば、それなりに立派な教育者のはずであり、例えば、東京音楽学校なら東京音楽学校に、それなりの才能が集まれば、瞬く間にいわゆる洋楽のエッセンスを吸収し、本場の人々と伍してたたかえる人物も出ては来るだろう。
出ては来るだろうが、文化とは、そういう“おきれいなもの”“綺麗事”だけでは済まない部分があるのであり、特に大衆文化の勁さとは、強烈な抑圧や逆境が存在するがゆえに、それをはねのけて成立してくるところにその特徴があるとも言えるものだろう。
ところが、国民/大衆自らが、近代化とやらに浮き足立ち、学校教育を通じて綺麗事に馴らされてしまうなら、せっかく育まれてきた極東の島国の文化的遺産もエッセンスも忘却の彼方に置き忘れられてしまうことになる。
すなわち、そこで真に抑圧され隠蔽され埋葬すらされてしまうのは、ヒエラルキー/身分制などという些末なものを超越した「文化の容貌(かたち)」あるいは「文化そのもの」なのである。

(この項つづく)

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