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2013年10月15日 (火)

訃報ふたつまで(藤圭子さん、谷川健一さん)その15

「維新政府」の失敗が、どのような破滅的帰結をもたらしたのか。
結局、それは日清、日露と僥倖的な日英同盟により日本が第一次大戦前後の短時間の“メンバー入り”に有頂天となって我を忘れ、実力以上の刻印を世界史に刻み込もうとして、まるで逆上かあるいは発情でもしているかのような出鱈目で傲慢な振る舞いを始めた結果、あっけなく“却下される”という結果がもたらされたというのが実状だろう。
「維新政府は近代化を成し遂げた。(だから、明治維新というのは素晴らしいのだ)」……私たちは、もうそろそろ、この手の“神話”から自由にならなければなるまい。
そのような“常識”の転換を図らない限り、もう次のステージは見えて来ないはずだ。
「明治維新」とは、「昭和の大敗北」として帰結する必然的な要素を最初から多分に孕んでいたのであり、「失敗としての明治維新」という観点を常識化しない限り、私たちはまた自己破滅的な道を歩みかねないのである。
すなわち、「失敗としての戦後」が、今や「平成の大敗北」として帰結しかねないという観点とそこからの危機感なしには〈今〉を論じることは不可能なはずなのだ。
首相安倍晋三やその周辺の人々の場合、「失敗としての戦後」という観点はあるのかも知れないが、その克服を、前の段階に戻ることによって成し遂げようとしているかに見える。
しかし、「失敗としての戦後」の前には、「失敗としての明治維新」があるばかりではないか。なぜ、そこを見ようとはしないのか。
彼らは、そういう事実についてはいつだって見て見ぬ振りをする。ゆえに信用もされないし、聡明な人々だとも到底思ってもらえないのである。
聡明ではないがゆえに、我が国の漫画家らが、世間の“風評”など気にも留めず、コツコツと築き上げて来た資産にただ乗りして、「クールジャパン」などと大声をあげるさもしい振る舞いも平気で出来る。
こう考えてくるとやはり、本当は「とき、既に遅し」というべきなのかも知れない。
私たち大衆は大衆で、時の政府権力とあまりにも距離が近すぎ、あまりにも容易に伴走しがちだ。
ゆえにいつまで経ってもオルタナティブな価値観を持つそれなりの諸勢力が自立することなく、私たち大衆レベルにあって、小は芸能人から大は政治家にいたるまで、貴重な人材、貴重な動きというものが、一向に親しいもの、メジャーなものになろうとしない。
このような政治的/文化的磁場にあっては、「親亀こければ皆こける」ということが、笑い話ではなく本当に起こってしまう。
このような政治的/文化的磁場には極端な物理的暴力が働いているわけではない。
しかし、自己による欺瞞と、利害関係にある他者による抑圧との相乗作用によって、今の私たちは、あたかも筋肉だけは鍛え上げた重度の高血圧症患者のようなちぐはぐさをさらけ出すばかりで、自分ではそれをコントロール出来なくなりつつある。
一時期、「第二の敗戦」「第三の敗戦」という言い方が流行ったことがあるが、そこにはどこか他人事、余所事ふうの響きがどうしてもつきまとう。
より正確に言うなら、私たちは今や「維新の大失敗」に次ぐ、「戦後の大失敗」の只中にあると言うべきなのだし、その強烈な自覚から全てを顧みなければならないはずだろう、本当なら。
私がここで言及しているのは、民衆音楽的側面から見たその「敗北の断面図」なのだが、この「断面図」は、あらゆる場面において相似形だということ、ここが重大だ。
そもそも、前回言及した高橋健太郎の『音楽の未来に蘇るもの』という会心の一作が、なにゆえ20年後に新たに再発売されなければならないのか。
基底的な〈常識〉を提出しようとしているようなものが、何ら現実/現場には反映されようとしないという「回路の不在」ゆえであろう。
分析の現場と実作の現場に回路が形成されていないために、優れた分析であればあるほどそれは棚上げか、またはアカデミズムの閉域に押し込められて行ってしまい、一方、実作の側は側で、自らを世界の風雨にはさらそうとしないまま、商売になればそれで良いんだろうと言わんばかりの薄気味の悪いゴシック趣味、少女趣味(まさにゴシック&ロリータ)に耽ってそれで平気だ。
そのグロテスクなまでの乖離。
それゆえに、高橋健太郎のような懸命のメッセージはいつまで経ってもどこにも届こうとせず、マイナーな場所に押し込められ、「洋楽愛好者の文化人気取りだろう」ぐらいのことで片付けられてしまうのである。
厄介なことに、それほどまでに傲慢な態度をとっても、さしてモラルは痛まない程度の規模の“市場”は、あらかじめ国内のみで確保されてしまっている。
だが、この「回路の不在」ということはかなり決定的なことなのであり、だからこそ吉本隆明あたりは、マルクスの『資本論』と黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』を〈同じ文体で語る〉として、傷つくことを恐れずに回路の接続役を自ら担ってみせようとしたりもした。
しかし、鈍感な人々というものは、吉本のそのようなモチーフに気付くことすらせず/出来ず、回路のつながっていないカラオケマシーンを拡声器代わりに使っては、「過剰な自己愛と自己防御」の姿勢をみんなで共有しようと、いたずらな躁状態を作り出すばかりなのだ。それで、一向に恥じようともしない厚顔さにひ、ただただ呆気にとられるしかない。
いったい、我が国では、明治維新以降、いったい何人の人間が糠に釘を打ちながら、消耗し疲弊したおれていったことか。
分析の側ばかりではない、優れた実作者が輩出されればされたで、彼は突如として御輿に乗せられるか、あるいは“逆輸入”されるべき場所まで排除され、「どこか高みから降臨してきた特殊な文化として鑑賞するなら鑑賞しなさい」という暗黙の了解性が、ひとまとまりのパッケージとしてもたらされるばかりなのだ。
流通の現場を支配している者たちが、自分たちの手なずけやすいものばかりをメインストリームに乗せるよう、巧みに差配してしまうのである。
分析する側が、「いやこれは、私たちがもっともっと気軽に楽しむべきもののはずだ」と一生懸命に“啓蒙”しようとすればするほど、それはますます高みに昇っていってしまう。
このような面妖な事態、〈構造〉は、なるほど外部から見たら「貿易障壁」に見えるのかも知れない。だが、それは「合理的にして明晰な意識によって形成された構築物としての壁」ではないのだ。
「過剰な自己愛と自己防御」の状態を維持しようとして対症療法的に形成された「糠床」のようなものなのだ。
そのような“沼地”にいくら“楔”を打ち込もうとしても何の効果もないことはどう考えても明らかだ。
このような現状認識を踏まえた上で、あえて話を進めていこう。

高橋健太郎の、1980年代というワンディケードにおけるポビュラーミュージック(民衆音楽)のいわば共時的俯瞰を試みる力作を紹介したところで、そこに通時的俯瞰を絡めようと思えば、日本の生んだワールドポビュラーミュージック(世界民衆音楽)研究の重鎮たる小泉文夫に言及しなければなるまい。
高橋健太郎が、『ミュージックマガジン』を足場として、創設者の中村とうようの系譜を引きながら、彼が感性的に追い付くことの出来なかったヒップホップ文化とそのワールドワイドな展開を内在的に解説し得る才能であるとするなら、今、小泉文夫の切り開いた道をアカデミックな場で継承し得るようなきちんとした後継者はいるのだろうか。
いるのだとしても、おそらくアカデミズムの閉域の中で、自己満足的な“情報”の収集で事足れりとしてしまっているような気がしてならない。
無論、私など、のんべんだらりんとした生を送って来て、現在の「民俗学」が、また「民族音楽学(?)」が、どのような状況にあるのか、基礎的情報すら持ち合わせていないのだから、そんな人間に「いったいあなた方は何をやっているんだ」などと高飛車に出られる筋合いなど一切ないのかも知れない、真摯な研究者の方々にとって。
だが、それでも、近代社会以降の世界状況において、ユーラシアの極東地域にあっていち早く近代化を推進した日本ならではの視点が生かされるはずの諸「民俗」諸「民族」研究において、開拓者としての柳田国男やその広義の系譜上に位置付けることの出来る谷川健一や南方熊楠や折口信夫、宮本常一、吉本隆明、そして小泉文夫らを有しながら、せっかくのそうした資産を生かすことが出来ずに、「グローバリズム」などという強圧的な欺瞞を唱え始める政治的/学問的ヘゲモニーの内部で安住することを選択する追随主義者連中に姑息にも国内利権だけは押さえられるという内閉空間を“日常風景”としてしまうのなら、「頭だけは良いくせに、お前らナニやってんだ」と、私のようなナマケモノに喰ってかかられたとしても自業自得と言うべきではないだろうか。

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