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2013年12月15日 (日)

無能外交官僚による国内向け美辞麗句外交は、自己矛盾をどのように解消するのか?

12/14、「日ASEAN首脳会議」とやらが開催され、日本のマスコミはしきりに首相の発言を反復流布している。
もちろん日本のメディアが日本国の首相発言を第一に取り上げるのは何ら不思議なことではないにしても、問題はその取り上げ方であり、どうもこの国のメディアの用いている辞書には、「多角」あるいは「多面」または「厚さ」だとか「深み」といった語が存在しないようで、全ては「意図された平板」の中におさまるよう差配されているようだ。
これこそ「スーパーフラット・ジャパン」の面目躍如というところなのかも知れないが、「クール・ジャパン」にしろ「スーパーフラット」にしろ、その実態における幼児性に偏した単視眼的な平板表現にはうんざりするしかなく、ASEAN首脳をもてなす余興にあたって、どのような芸能者が呼ばれたのかを聞くに及んでは、それを「異常事態」だとは思わない感性の人々によってこの国が運営されていることを思い知らされ、半ば自暴自棄に陥りそうな気分にもなる。

それでも私は、日本とASEANが、国民的レベルで交流を深めていくことには賛同するし、今回のような首脳交流もそれ自体は歓迎したい。
日本が、域内の(思い上がった)唯一の強国としてではなく、どこぞの国のような新自由主義的・新帝国主義的な外交政策を一切とることもなく、域内の共存共栄に向けて互恵的に取り組む政府の覚悟と国民的コンセンサスとがあるのなら、ASEAN諸国の多くが継続的・持続的な親日国になってくれる可能性はあるだろう。
ただ、そのASEANとの関係を緊密化するにあたって首相が口にした言葉はどのようなものだったか。
性的欲求不満の子供相手専門の芸能者を、首脳相手に得々として披露するような精神と同様の、国内向けの自己都合を振り回しながら、浮いた美辞麗句だけが踊るお粗末なものではなかったろうか?
そもそも、この首相は、どうしてこうも対外的に外面ばかりを異常に気にし、歓心を引きたい相手に対して必要以上に良い顔ばかりをしたがるのか?
オリンピック招致の際に語った「アンダーコントロール」なる演説はもはや語り草だろうが、少なくとも一国の首相が国際場裡において予測不能な重大事象についてそのような断言の仕方をするのは、リスクコントロール上あり得ないだろう。
福島原発の現状は、我が国の最高責任者のこの発言によって拘束されてしまったのであり、すなわちコントロール不能な事象の発生は、全て「秘密」とする以外なくなってしまったのである。
「特定秘密法」なるいい加減で出来損ないの、それゆえに危険な法律の制定を急がなければならなかった理由の一つがこれであることは間違いなかろう。
担当大臣が、苦し紛れに答弁を二転三転させなければならず、最終的に上辺だけはいかに取り繕ってみせようとも、そんなものが言い訳でしかないことは誰もが分かっていることだ。
そもそもにおいて、関係者以外は何が秘密か分からないのだから、「○○については秘密にしません」などと言われたところで、検証しようがないのである。
たとえば、福島第一原発の4号機では、燃料プールの中の燃料棒の移動を開始したとのことなのだが、今後、既に判明している破損した燃料棒の移動について何か発表されることはあるだろうか?
私はないと思うし、仮に発表されても、発表できることだけを発表したんだなと思うしかない。
既にこんなことは、多くの日本人にとってデフォルト状態になってしまっているのだが、「特秘法」なるものの存在がかえって国民の政府に対する不信の念に根拠を与えてしまうのだ。
ここにいたって、遂に我が国において「秘密」という語の意味は、「個別の都合」という語句と完全にイコールになってしまったのである。
文化化度の劣化とは、法文の意味、言語の意味の劣化をすら招き寄せるのであり、頭の悪い意固地な政府を持ってしまうと、かえって政府と国民間の相互不信は高まり、そのことによって逆に統治のコストとリスクも高まるのと同時に、それがひいては生産性の低下にもつながっていくのだ。
ショック・ドクトリンを実行する側は、こんな単純なことも分からない連中を統治の中枢に据えて、嘲笑いながらコントロールしているのだろうが、こういう事態になっている限りにおいて一朝一夕ではどうにもならないのが口惜しいと言えば口惜しい限りだ。

私たちの可哀想な首相が、日・ASEAN首脳会議を終えて記者会見で語った言葉は、次のようなものだったようだ。
『ASEANがさらに発展していくためには、力ではなく法が支配する安全な海と空が不可欠。これに対して現在一方的な行為により、東シナ海・南シナ海の現状を変えようとする動き、自由な飛行を基礎とする国際航空秩序を制限しようとする動きがみられる。この地域の緊張が高まっていくことは、誰の利益にもならない。我々は、このような動きを強く懸念している。おそらく、多くのASEANの首脳の皆さんも懸念を共有していることと思う』
質疑応答等でも次のようなことを繰り返したらしい。
(後で利用するために番号を付した)
①『一方的な行為により現状を変えようとする動き、自由な飛行を基礎とする国際航空秩序に制限を加えようとする動きは強い懸念材料だ』
②『海洋の自由と法の支配を守ることは、この地域の全ての国にとって責務であり、世界有数のシーレーンの安全は国際社会の関心事だ』
③『全ての関係国が国際海洋法条約を含む国際法を順守し、自国の主張について国際法上の根拠を明確にすべきだ』

私は、こういう首相の言葉を指して、『国内向けの自己都合を振り回しながら、浮いた美辞麗句が踊るお粗末なもの』と先に指摘した。
首相の発言の美辞麗句性は、『法の支配』『自由』『安全』『国際法秩序』といった語が散りばめられることによって、いやましに増しているのだが、残念なことに内実がともわないために浮いてしまって、首相が起用した子供相手の芸能者の踊りのような耐え難いものになってしまっている。
けっきょく、内政と外交に乖離のあり過ぎる国は、外面を良くすることばかりに意を尽くしても信用されることはないという当たり前の結論が導き出されるだけである。
これは、私たちの可哀想な首相が常に念頭においている中国にも当然当てはまることだが、我が日本にも十分にあてはまってしまうのが余りに痛い、痛すぎる。
ゆえに、私たち日本国民は、外面だけは異様に大切にする私たちの可哀想な首相の用いる論理と語句を援用して、次のような“懸念”を伝えなければならないだろう。
こういう国民の“懸念”に対してアクションを起こせない政府が、国際的な場で“懸念”を表明したところで、誰も本気になって動いてはくれないのである。


①『一方的な行為により現状を変えようとする動き、自由な飛行を基礎とする国際航空秩序に制限を加えようとする動きは強い懸念材料だ』→
①'『一方的な立法行為により現状を変えようとする動き、自由な表現・言論を基礎とする国内法秩序に制限を加えようとする動きは強い懸念材料だ』


②『海洋の自由と法の支配を守ることは、この地域の全ての国にとって責務であり、世界有数のシーレーンの安全は国際社会の関心事だ』→
②'『表現の自由を保障する法の支配を守ることは、この国の全ての国民にとって責務であり、世界有数のリベラル憲法を有する経済大国の安全は国際社会の関心事だ』

③『全ての関係国が国際海洋法条約を含む国際法を順守し、自国の主張について国際法上の根拠を明確にすべきだ』→
③'『全ての国家関係職員が刑事訴訟法を含む関係法規、とりわけ日本国憲法を順守し、「特定秘密保護法」について憲法上の根拠を明確にすべきだ』

さて、どうだろうか。
もし、ダッシュを付した方が、美辞麗句に過ぎるように受け取られるとするなら、それは私たちの可哀想な首相及び首相を補佐する者らが、単に可哀想なだけではなく、この上なく無能であることを証明している。

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