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2014年1月19日 (日)

最も悪しき「オールド左右」として名乗りを上げた「連合」

私が、勝手に「オールド左右」という名前をつけた集団は、
表面的に主張していることは異なるように見えて、
実は「目的」を一とするために、一括りにしてしまった方が分かりやすい、簡単に言えば始末に困る人々です。
彼らの目線の先には「過去」しかなく、また、彼らが「未来」について「責任」を負うことはないでしょうし、そのつもりもないでしょう。

彼らは、「過剰な自己防衛と自己愛」(過剰なエゴイズムとナルシシズム)で凝り固まっているだけの存在であり、
「未来」の形成のためには、時として私益を離れた合従連衡や、テーマ別の一時的提携、連携などが必要になることすら理解しようとしません。
内政ですらそうですから、外交適性もなおさら皆無と言って良いでしょう。

凝り固まってまさに固着した感情、どこまでも主観的で寛容さの欠片もない良心、カルト信仰に似た教条主義、説得力と実現性を欠いた計画、そして私益のためならどこまでも無責任になって恥じない途方もない御都合主義……それらが渾然一体化したものが「オールド左右」として一括りすべき人々の特徴だと言えましょう。(まさに、オールド左右コミュニタリアン)

驚くべきことと言うべきか、予想通りと言うべきか、今度の都知事選において、まがりなりにも「民主党」は、勝手連的な細川支持を打ち出したにも関わらず、「連合」は「自・公」と仲良く雁首打ち揃えて、桝添支持で一致したのだそうです。
「自・公」がそれでも政権与党としての最低限の責任意識を有しているのに比して、この「連合」の目先の私益しか目の入らぬ無責任振り、御都合主義振りは醜悪な「オールド左右コミュニタリアン」の典型的な振る舞いとして認定できるでしょう。

まがりなりにも、労働組合を自称する集団のこのような異常な振る舞いを、一労働者としてやはり見過ごすわけには参りません。

少なくとも、「連合」傘下の正常な労働者は、「連合」解体に向けて歩み出すべきトキを迎えたと言うべきではないでしょうか。

当ブログでも、これまで、「連合」批判を繰り返しして来た記憶がありますが、少なくとも「建設的な批判」に終始してきたつもりでした。
しかし、いよいよ「連合」なる異様にして異常な組織は、幹部以外の全労働者によって見捨てられ、解体されるべきだと思います。

最低限、「連合」幹部による選挙指示的なものには、一切関わらない、同意しないようにすべきでしょう。

例えば、脱原発を打ち出すのなら、それに向けて、たとえば電力業界の労働者、電機業界の労働者が、食いっぱぐれないような社会構想、施策を打ち出すのが「政治」の役割のはずであり、
「現状変更は一切認められない」「全ては前例踏襲で行け」といった思考は、悪しき官僚主義的硬直思考の典型でしかありません。

性悪な一部の資本家よりもさらに悪質かつ当然のこととして低能・無能な労働者の親玉もどきの言うことなど、いちいち馬鹿馬鹿しくて聞いていられるでしょうか。

こういう硬直思考では、日本の既存電力・電機業界は、いよいよ構造不況業種として誰からも相手にされなくなって行くのではないでしょうか。
(ついでだから言っておきますが、なぜ、日本の電機業界にはソフトとの一体開発という思考がないのでしょう。彼らはバカなのでしょうか?多数の消費者から見捨てられて当然と思います)


こういうみすぼらしくもやりきれない情報が伝わってくる一方で、どうやら吉報もあったようです。

沖縄県の名護市市長選で、稲嶺候補の再選が確実になった模様(誤報でなければ)。
これは、(住民にどれだけ意識されていたかは分かりませんが)
米国民の一部と日本国民の一部(あえて良識派といった形容は控えますが)の連携の勝利と言えるでしょう。
私は、これを「世界史の正統派の勝利」と呼びたいと思います。

現行の日本政府は奴隷メンタリティの硬直思考から抜け出せないでしょうが、少なくとも米国政府中枢は、今回の結果を受けて、政策の再検討、練り直しを実施すべきと思います。
ブログ『世に倦む日々』氏が、米国にはまだ知識人が残っているが日本にはいなくなった旨嘆いていましたが、少なくとも、米国の真っ当な知識人と日本の真っ当な国民は、今回、明白な勝利をその連携によって手にしたのです。

これは「世界史的な出来事」のはずですが、日本の腑抜けマスメディアの手には負えない事態でしょう。したがって、日本のマスメディアから、読むに値する論評が出てくることはほとんど期待できません。
わずかながらに、沖縄の地元紙で、今回の選挙の世界史的意義に言及するところがあるかなという程度でしょう。


「格差社会」という意味では、「私益・国内益」に目が眩んで醜態をさらす腐敗した精神と、そのようなものを超えて未来を志向する自律型の精神との間の“格差”も段々と広がっているのではないですか?

過剰で無益な貨幣ばかりを手中に収めようとせんがために、世界史が見えなくなる挟隘な精神は、まことに哀れだと言うべきでしょう。
彼らの精神が陥る薄汚れた地帯からは、「未来」も思わず目を背けるにちがいない、と言って、このエントリーの締めくくりとしたいと思います。

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