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2014年1月11日 (土)

新春の日本のメディア内に流通する諸外国識者の発言について その2

タイトルの通り、2014年新春に、国内マスメディアにはどんな諸外国識者の言葉が流通しているのかと思い立ち、その観察をし始めた矢先に、思いがけないところから(ホントはちっとも思いがけなくはないのだが)、思わず諸手を挙げて賛同したくなるようなニュースが飛び込んできた。
国内メディアでは、どことどこが報じたのだろう、少なくとも、世界の歴史的動向というものに多少なりとも興味のある人なら無関心ではいられないはずのニュースだ。
なにしろ、ノーム・チョムスキーやナオミ・クライン、ジョン・ダワー、オリバー・ストーンからマイケル・ムーアまで、日本人の中にもその名前ぐらいは知る人の多い米国を中心とする世界的著名人らが、沖縄基地に関する政治的声明を発したというのだから。
もし、日本にまともなマスメディアがあるのなら、何よりも先に、関係者にアポイントメントを取り、声明にいたる経緯や、関係者の中でどのような議論が行われているのか等について、詳細な記事に仕立てて、日本国民にあまねく知らせようと努力するはずだろう。
特にオリバー・ストーンなどは、先日自分の足で沖縄の地を踏んでおり、その際になされた意見表明も感動的なものだったと記憶している。

1%の側を牛耳るグローバル金融勢力は、早くから良く言えば「連携」を、悪く言えば「マフィア化」を促進している中で、残りの99%の側は、どうしてもドメスティックな政治課題の解決に時間も労力も奪われがちで、加えていわゆる“政治”には直接タッチしたくないという人も多いため、国際的な連携、連帯という意味では非常に動きが鈍かった。
また、自国・他国の別なくいわば「世界視線」の方向からなされる提言というものは、ときに自国民のいわれなき誹謗中傷にさらされやすいため、そのような場に身を置いてむやみに傷つけられたくないという心理的葛藤も大きいにちがいない。
だが、既に、既成マスコミ/マスメディアが、自らの存立基盤が危うくなればなるほど、それに比例するかのように、ただただ強い方へあるいは勢いのありそうな方へとなびくだけなびいて、自らの存立余地を確保しようとする政治的行動に出るようになり、彼らの言論というものは、そのための営業活動、広告言論のような歪みに歪んだものに墮してしまっている現在、そのようなマスメディアの張り巡らす情報統制的磁場から超越した場所から発言し得る人たちが目に見える連携をとってくれたことに素直に拍手を送りたい。
それにしてもマスメディアの堕落傾向は、日米とも大差はないようなのだが、米国の方が誰にも分かるような形で身売りだのなんだのがオモテに出るだけ、業界全体で談合し一時期の銀行のような護送船団化によって生き残りをはかろうとしているかのごとき日本のそれよりはるかにマシかも知れない。
それでも恐らく日米ともに、本当に重要なニュースは、一部の良心的な、あるいは気骨のある記者と編集者の努力によって、しかし、紙面の片隅に申し訳なさそうに鎮座するか、それも駄目ならネット配信ニュースとして、一部のニュースマニアのような人の目に留まる程度におさまってしまうことが多いだろう。

今度の画期的ニュースにしてもそうなる予感が強くする。
積極的にあたったわけではないが、私の知るところでは、『毎日新聞』が、本紙だかネットのみか知らないが次のように報じたとのこと。
(『』内は引用文。……は略の意)
『米国の映画監督、オリバー・ストーンら世界の有識者ら29人が、7日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先として同県名護市辺野古に代替施設を建設する計画に反対する声明を発した。
……
声明は、普天間の速やかな無条件返還を主張。「我々は沖縄県内への新基地建設に反対し、平和と尊厳、人権と環境保護のために沖縄の人々を支持する」としている。』

さらにブログ『生き生き箕面通信』氏によれば、『琉球新報』に掲載された記事は次のようなものとの事。
『米国やカナダ、オーストラリアほかヨーロッパの著名な有識者や文化人のグループが8日午前(米国時間7日)、「沖縄の新たな基地建設に反対し、平和と尊厳、人権、環境保護のために闘う県民を支持する」との声明を発表する。声明には名護市辺野古への普天間飛行場の移設中止と、同飛行場の即時返還の主張を明記する。
……
米平和団体アメリカンフレンズ奉仕委員会のジョセフ・ガーソン氏は声明の目的について、「沖縄県の約70年にもおよぶ軍事植民地化を終わらせ、自らの尊厳と人権を守り、平和と環境保護を確保するための非暴力運動への国際的支援を集める」と述べている。』

こういう情報にいったいどれだけの日本人が反応し得るのだろうか。
我が国のエスタブリッシュメントの大方の反応は、「そうでなくても混乱しやすい案件なのに、余計なこと、困ったことをしてくれるな」だろう。
そして、我が国のマスメディアの報道も、そういう感想に沿ったものになるはずだ。なかには、これらの個性的な人々をひとかたまりにして、下らないレッテル貼りをして、批判した振りをする者も現れることだろう。だが、正直に言って、日本のマスメディアに巣食う泡沫のような知識人や文化人が、彼らを本格的に批判できる力量などあるはずもない。
多くはコソコソと頬かむりして、全然気付かなかったという振りをしながらやり過ごすにちがいない。
ただ、もっと困ったことには、日頃、我が国でリベラルみたいな顔をしている政治的なプロやセミプロみたいな人たちも、このような動きに直ちに呼応するだけの見識も機動性も器量もおそらく持ち合わせていないだろうことだ。
世界の金融グローバリストたちは、やれダボス会議だ、それ何とかフォーラムだと、“テクニカルな打ち合わせ”と“連携”と“談合/密約”と“癒着”等に日々いそんしんでいるというのに。
今日の日本が、誰しも気付いているとおり、「空虚な強がり」としての右傾化にこれだけ傾いてしまったのも、日本の政治的リベラリスト(含む、自民党内政治家)が、ドメスティックな居場所を確保することばかりに心を砕き、移り行く世界的課題にまともに向き合おうとしてこなかった努力不足も大きな一因としてあげられるだろう。
今後、国家エゴに煩わされない、あるいはそういうものを超越した「世界視線」からの仕事に日本人も加われるか否かによって、それは結局、外から見た日本全体の評価にも密接に関係していくことになる。
そういう自覚なしに、国内の利権の分取り合戦のための内向的闘争、自分たちの居場所を確保すればそれで満足といった体の、国内だけの棲み分け闘争ばかりしているのなら、この国のエスタブリッシュメントらは、日本人同朋のみならず世界の99%からもあきれ果てられ、(若干安易な比喩だが)「北朝鮮化」の道しか残されていないという惨状を呈すようになると思われてならない。

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