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2014年1月26日 (日)

巨大組織のトップに立つ人に必要とされる資質について

舛添要一は、第一次安倍内閣・福田内閣・麻生内閣という三代の内閣で、2007年〜2009年の9月まで厚生労働大臣を務めている。
当時の安倍内閣時代は、「消えた年金問題」で、てんやわんやの騒ぎとなり、当時の厚労相が自分だけ正義の味方を気取った割りには結局大した進展もないまま、年金問題は、民主党政権へと(何が何だか良く分からない中で)私たち庶民の過剰な期待の内に次期民主党大臣に引き継がれて行ったわけだが、私が舛添厚労相ということで思い出すのは、それよりも「新型インフルエンザ騒動」時の異様な対応についてだ。
当時は、当ブログでも、インフルエンザ騒動に着目して何本もの文章をエントリーした記憶があったのだが、過去の文章を読み返してみると、正直我ながら驚きを覚えざるを得なかった。
とにかく、何か物凄いことを書いている。
当時は、古い携帯から入力しており、入力文字数も限定されていたのだが、事件事案の背景ははしょって、自分なりの本質に迫ろうとだけはしているので、一読しただけでは何のことやら分からない。
ただ、妙なエネルギーがみなぎっている。
なにしろ、まさか「原発」の破局的事故が日本で生じるなどとは想像だにしていなかった頃で、今より血気盛んだったのか、とても自分の文章とも思えないのだが、自分なりに重要なことに言及しようとしていると思うので、ここに再掲してみる。


(再掲開始)
2009年7月9日
『国民の命を護るにあたって致命的な失敗を犯した厚労相舛添を今更総裁候補に目する愚』

その"戦闘"が、本土決戦になるであろう事は、事前の報道によって国民の多くが予感していた。
ただし、平和な時代であればあるほど、本格的な戦闘行為などというものは戦闘員を含め初めての経験となるのだから、誰もが口には出来ない大きな不安を内心隠し持っていた。
それは当然の事で、したがって司令官がまず心を砕くべきは人心の掌握であろう。
危機的な状況にあって人心をどのように掌握すべきか。
何よりもまず、司令官が信頼に足る人物である事を示す事に他なるまい。
どのようにして。
戦闘員各自が既にして相応の判断力を有するレベルの組織にあっては、的確な情報開示、特にリスク度が綿密な分析に基づいて明快に示される事が第一だろう。
その事によって各員に確固とした心構えが生じる。
さて、いよいよ戦闘が開始されようとするその時に総司令官舛添はヒステリックに叫んだ!
「チームニッポンは、虎視眈々と上陸の機を窺う《新型インフル軍》を水際で阻止する!我々が一丸となればそれは可能だ!」
不可能を可能と宣言する《竹槍メンタリティ》が炸裂した瞬間だった。
硫黄島総指揮官栗林中将は米軍をあえて上陸させた。
不可能性を戦闘員に押し付けるのではなく、可能性の中で最善を尽くす為だった。
(再掲終了)


これだけ読んだのでは、やはり何のことやら分かりにくい(笑)。
実は当時、豚由来の「新型インフルエンザ」が海外で発生し、それが上陸し流行すれば日本は壊滅的な被害を被る旨の煽動的報道が、NHKを中心に盛んになされ、その中心にいたのが、厚労省とその大臣であった舛添要一だったのである。
私が盛んに義憤に駆られていたのは、海外でインフル感染した帰国者が、あたかも犯罪者のような扱いを受けたためだった。その裏には、舛添厚労相の「水際上陸阻止宣言」があったのだった。
その危機感自体は分からないではないが、しかし、彼の剣幕は一種異様なものであったはずなのに、NHKを始めとする煽動放送局は、戒厳令と見紛うかのような行動義務と恐怖心を国民全般に植え付け、なおかつインフル感染者を犯罪者のように扱って恥じようともしなかったのである。
その様子を、実際の「戦争」にたとえて揶揄しているのが、私の文章だ。
当時の厚労相は、いわば典型的なエリートパニックの中に陥っており、血相を変えて「水際で阻止する」とナントカの一つ覚えのように叫ぶばかりだったのだが、その一方で、厚労官僚であるにもかかわらず、より現実的で建設的な対処方法を提言する現場の女性技官の存在が、一部で注目を浴びるなどという奇妙な事態が生じていた。
滑稽なことに、明日にも日本は壊滅するかのような剣幕の厚労相の過剰なエリートパニックを鼻で笑うかのように、新型インフルエンザ自体は、世界的にも猛威をふるうことなく終息していったのである。
トップが、安穏としがちな部下よりも強い危機意識を保持しながら、適切な指示を出すことはもちろん必要だろう。
だが、その強い危機意識がパニックを引き起こし、実行不可能な指示をヒステリックにわめきたてるに至るなら、むしろ、なくもがなの派生的危機をも惹起させてしまうのである。
これは、原発事故の際の当時の菅ナントカ総理大臣にも見られたものであり、組織のトップとしてはあってはならない類いのものではなかろうか。
この「新型インフルエンザ」騒動には、様々な尾ひれがついており、日本は当時、世界のタミフルの在庫を買い占めんばかりの勢いで購入したという事実もあった。
だが、当時、既にタミフル耐性を持つウィルスの発生は医学界では常識だったようで、なぜ、そうまでしてタミフルを買い占めなければならなかったのか、今でも謎の一つだろう。

上記に関連する事後談として、私は以下のようなエントリーを翌年の1月にしていた。当時の厚労相がこのような話にどの程度関与していたのか、残念ながら知る由もないが、参考までに再掲しておく。

(再掲開始)
2010年1月16日
『田中宇の国際ニュース解説』
標記サイトに「インフルエンザ騒動の誇張疑惑」というタイトルで重要情報が掲載されている。
(以下、『』内引用)
『昨年末12月31日、欧州議会(EUの議会)の保健衛生委員会(Health Committee)は、昨年夏から豚インフルエンザが流行した際、欧米の製薬会社が、ワクチンや関連薬品の売り上げを伸ばすため、国連のWHO(世界保健機構)や国際医学学会などに影響力を行使し、インフルエンザに対する危機感を世界的に扇動した疑いがあるとして、調査を開始することを全会一致で決議した。』との事。
私は当ブログにおいて、新型インフルエンザ騒動の、まさに当の騒動を積極的に惹き起こしているように見えた当時の自民党政府及び記者クラブマスメディアの報道に当初から疑義を抱き、自分なりの視点から批評を何回か試みているが、ついに専門家とその政策集団の間からも、明白な疑念と異論が噴出してきたという事だろう。
我が国の厚労省の中にも、当時の水際防止策を始めとした厚労行政の異様な施策に異論を唱えていた勇気ある女性技官がいたが、いよいよインフルエンザ騒動を主導した胡散臭い勢力が世界的に問題視されている事が明白化したとみなせる。
もちろん、この動きは、米国の国際的信用力の失墜とリンクしているとみなせるのであり、実際、自らの功利的合理性を満たす為なら、何をしでかすかか分からない者たちの危険な策謀は、白日のもとに晒され、打ち砕かれる必要があるだろう。
田中宇は、上記のニュースを受けて、独自の分析的コラム欄にて私たちの考察に資する意見を述べている。
『欧州は、インフルエンザ騒動が仕組まれた誇張によるものだと疑う健全性を持っているが米国は違う。米国において製薬産業は、航空産業やマスコミと同様、軍産複合体系の産業である。』
『米国では、インフルエンザ対策の官庁に、テロ対策担当として911後に作られた国家安全保障省が含まれている。911テロ事件の対策として「犯罪捜査」と「戦争」が混同され、軍産複合体の権限が拡大したのと同様、インフルエンザの大流行によって社会不安が起こるという理屈で、風邪予防と戦争が混同されている。』としている。
抑制したトーンによって記述されているが、要するにブッシュ軍産複合体政権の「傲慢」と「無知」は、インフルエンザ「対策」をも「扇動」に置換し、外的要因に基づく「社会不安を自ら積極的に煽る」という手段を用いる事で、それによって生じる需要に“自動的に”乗じて利潤を貪る事が出来る“構造”を形成してきたとみなせるのであり、「市場原理主義」も「テロ対策」も「インフルエンザ対策」も、同じ構図の中にすっぽりと収まってしまう事を見逃してはなるまい。
田中宇は、更に問題の本質に切り込んで行く。
『インフルエンザ誇張疑惑は、WHOという国連機関の方針決定を左右できた学者たちが、学界での権威を利用して誇張を行い、国際的なマスコミ界がそれを増幅した疑惑である。』
ここにも権威に対してからきし弱い「マスコミ」の体質が深く関わっている事は見逃せない。とりわけ日本においては、「記者クラブ」という異様な情報統制組織が、一様性かつ一視点からのみの情報を満遍なく流布する役割を担っているために、一時期、国内がインフルエンザパニック寸前まで行ったのは、まだ記憶に新しい。
(再掲終了)

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