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2014年2月23日 (日)

日本人の多くが安倍政権に期待していた政治と、無知性・無才能・無能力の安倍慎三が妄想する政治との乖離。

いったい無知性・無才能・無能力という誰もが思わず目を背けたくなるような「三本の矢」を束ねたら何が出現するのだろう。
〈無謀〉……無謀な状況、無謀な政治……そういうものが出現するほかあるまい。
昨今の安倍政権を眺めていて、まさか、これほどとは思っていなかったという国民も多いはずだ。
思わず“想定外”という言葉を使いたくなるが、民主党政権がそうであったように、この安倍政権の無残な失態も、私たちが置かれている悲惨の必然的な局面の一つでしかないのだろうから、私たちに“想定外”という便利で無責任な言葉を用いる余地はもはや残されてはいない。
英フィナンシャル・タイムズは、「米国は、安倍政権のような政権を望んでいたのにもかかわらず、今や悔やんでいる」旨の記事を掲載したとのことだが、この認識はあまり正確とは言えないのではないか。
もちろん、これは推測でしかないが、いわゆるネオコン系の影響力が強い超党派のジャパンハンドラーズとやらからもたらされる情報に基づき、米国政府が望んでいたのは、いとも容易く言いくるめることが可能な石原慎太郎の息子(名前は失念した)の政権のはずだろう。
だが、衆院選前の自民党総裁選において、石原の息子(名前は失念した)が失言の乱発により、まるで資格なしと判断される一方で、町村派なる派閥の分裂をも辞さず(再)登場した安倍が、まずは自民党内部の実権掌握に成功した結果、米国の予想し期待していた展開とは異なる状況が日本の中に生じて来たのである。
もっとも、私のみならず多くの人が、安倍は極右の人間であることぐらい分かっていたはずだが、それでも、石原より安倍の方がまだマシだろうと判断したのは、あれだけの屈辱を受けながらなお再登板しようとした胆力を見て、少なくとも前回よりはうまくやるだろうと想像してしまったからに他なるまい。
実際、再登板当初の安倍は、経済振興策最優先(それ自体、充分批判の対象になりうるものだったとしても、少なくとも容認しがたい狂気をはらむものではなかった)を唱え、それゆえ、世界も日本人の多くも、安倍の再出発を当初は概ね歓迎していた。
この歓迎はしたがって、主として産業界からの歓迎であって、フィナンシャルタイムズが言うように、パクスアメリカーナ維持に付随する諸事情を、安倍政権が忠実に分かち合うだろうという期待の中での歓迎とは最初から筋が異なるものだった。
フランスの中道左派を自認するエマニュエル・トッドはアベノミクスは国民を勇気づけ下支えする意味合いを内包するがゆえに支持すると、日経新聞のインタビューで答えていたが、欧米の日本に対する楽観主義者たちも、日本人の多くも、安倍という人物が内在させている狂気を見損ない、見誤っていたのである。
この点については、事ここにいたって、英国の新聞より日本を良く知るリベラル系(含むネオリベ)の米国の新聞の方が、強い危機感をあらわにしている。
ニューヨークタイムズを筆頭に、ワシントンポストも、ウォールストリートジャーナルもブルームバーグも、日本の一部極右勢力に対する強い危機意識を表明し始めているようだし、それは当然だろう。
最も大きな危惧は、現政権のやることなすことが、一定の知的水準に達していないことだ。
安倍の取り巻きや安倍が登用する人物の程度の悪さから見て、安倍は、祖父である岸を模倣し、岸がやったように、日本国内の反社会的勢力を、自分にとって都合の良い統治政策を遂行するにあたって利用しようとしているようにも見える。
これは大変に危険なやり方であり、社会全体のトレンドが、全体として民主化と右肩上がりで推移するであろうことが当然視されていた岸の時代とは異なり、右肩下がりが抗い難いトレンドになりつつある時代に、反社会的勢力を統治上の道具として用いるようなことがあるなら、秩序維持の紐帯は完全に切断され、国内はウクライナやタイのような分断と混乱を経験せざるを得ないかも知れない。
そうなれば、確かに日本は戦後レジームからの脱却を果たすことになるかも知れないが、それは明らかに分裂と破滅の方向への脱却になるのであり、脱却した先には孤立という名の袋小路が待ち受けているばかりとなる。
前後の見境もない、少し追い詰められただけで、頭に血を上らせ大声や時には叫び声を上げるしか能のない知性というものからそもそも最初から見放されている無謀な連中は、威嚇的な粗暴な振る舞いをしてさえみせれば、合理主義者が怯えてくれると信じているかのようだ。
とんでもない甘ったれた戦後左翼以上に平和呆けした幼稚な振る舞いであり、これではもう、お話にならない。

産経新聞の古森なる特派員が配信した文章などは、安倍の取り巻きの泡をくったお粗末さを、これ以上ないほど典型的に示しており、気の毒にその支離滅裂さ加減は、破綻一歩手前の精神状態にあることを示唆している。

(引用開始)
(ワシントン・ポストの)ディール氏が、「日本の挑発的な動き」と題する一文で安倍晋三首相の靖国参拝からNHKの籾井勝人会長や百田尚樹、長谷川三千子両経営委員の発言を「日本の強硬なナショナリズムへの旋回」と断じたのだ。
安倍首相の靖国参拝での平和や不戦の誓いはもちろん完全無視し、作家や学者が個人として意見を述べることは国や政府の政策と無関係だという事実も無視して、日本全体が新たな軍事政策でも打ち出したかのように「日本によるアジアの危機」を喧伝する。
(引用終わり)

一国の首相が、本当に平和や不戦の誓いをしたいのなら、それに相応しい場所は別にある。無視されるのは当然だろう。そういうことすらも分からないバカ相手に、こういう文章は書かれている。
また、NHKの経営委員を引き受けた作家や学者は、既に一介の、あるいは個人として独立した作家や学者ではない。少なくとも組織に対して責任を負うべき存在になっている。
自分で直前にわざわざ固有名詞まで出して書いておきながら、直後には『作家や学者が個人として意見を述べることは〜』などと書いているのだが、これは一体なんなのだろうか。ちょっと精神状態に問題があるのではなかろうか。
古森なる人物がどんな人物か知らないし知りたくもないが、ここまで劣化した文章を書かせて平気な新聞社は、もはや一般紙を名乗るのをやめたほうが良くはないか。
今後、恥の上塗りの厚化粧によって、ますます収拾がつかなくなるのは、必定なのだから。

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