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2014年4月 2日 (水)

日本官僚が日本人向けに用いる内閉的“定向劣化”言語は、世界に見透かされ蔑まれている。

オーストラリアが日本の“調査捕鯨”の差し止めを国際司法裁判所(ICJ)に求めた訴訟で、国際司法裁は31日、日本側の全面敗訴の判決を下したとのこと。
毎日新聞なる日本の新聞社の報道によれば、関係者のコメントは次のようだ。

(以下、コメント部分、引用)

鶴岡公二:日本政府代表
「残念であり、深く失望した。しかしながら、日本は国際法秩序や法の支配を重視する国家として判決には従う」

キャンベル:豪州代表
「問題解決の場として国際司法裁は適切だった」

リベリンク上席研究員(国際法):アッサー研究所(ハーグ)
「予想以上に厳しい判決を下した。科学調査といいながら研究成果が乏しく、なぜ、何のために、いつまでやるのか、透明性、明確性が欠けていたことが敗因」

ラメージ捕鯨問題担当局長:(捕鯨反対の市民団体)IFAW(米国)
「商業捕鯨を存続させるため官僚が立てた複雑な理屈が国際社会では通じなかった」

一読すれば、あまりにも明らかな通り、日本と丁度同等の民度によって互いが互いを感情的・情緒的に非難し合うアジア諸国が相手だったならまだしも、(まがりなりにも白豪主義を自ら克服してみせた)豪州によって国際司法裁判所にまで持ち込まれてしまったことにより、日本官僚がお人好し日本国民相手に用いて体の良い誤魔化しだけに利用している欺瞞概念は、一切通用しなかったというのが実態だろう。
恥を知れと言いたい。
無能丸出しの劣化日本官僚のコメントをもう一度反芻してみよう。
「残念であり、深く失望した。しかしながら、日本は国際法秩序や法の支配を重視する国家として判決には従う」
どう「残念」であり、何に「失望した」のか?
日本の無能官僚というのは、もう少し国民にも内実が伝わるようなコメントができないのだろうか。
何ゆえにこうまで無能なのか、理解に苦しむ。
そもそも日本の官僚という特殊な世界でしか生きたことのない特殊無能は、知性レベルが低過ぎて何故日本が敗訴したのかさえ全く理解できていない可能性さえある。
日本は、「国際法秩序や法の支配を重視する国家」かどうか、疑わしい面があるがゆえに敗訴したのである。そうでなければ敗訴などしていない。
そして、判決を受け入れるのは、これ以上やっても論理的に勝てる見込みがないからにほかなるまい。けっして、「国際法秩序や法の支配を重視する国家」だからではあるまい。論理的な因果関係が完全に逆転している。
日本の無能官僚というのは、自分たちの無能を糊塗するために平気でこのような嘘をつき、そして、その嘘も既に見透かされているのである。
あるいは、自分のついている嘘が、嘘とは思えなくなるほど、自己洗脳すらしてしまうのが、日本の官僚という特殊無能集団なのである。
自己洗脳とは、すなわち、自家中毒にほかならない。
彼らは、自分たちが用いる内閉的“定向劣化”言語に、自分たちから率先して酔いしれ、現実のレベルにおける所期の目的も意義も喪失していくのだ。
今度、政府が突然使い始めた「防衛装備移転」なる用語も同じことだろう。
一定のリアリズムが機能している場なら、このような「思い付き」は一笑に付され、相手にすらされないはずなのである。
にもかかわらず、内閉的“定向劣化”言語に浸って、現実と妄想の境界が曖昧になった異様な場を日常とする特殊無能らは、「防衛装備移転」などという用語を捻り出したことが、何か気の利いた成果か何かのように認識されてしまうのである。
そして、てらいもなくそれを現実の場に持ち出す。
本来なら、こういうジャーゴン紛いの言葉は一切相手にしなければ良いだけだ。
一切相手にせず、意味内容が不明だから、まず、語の意味内容を明らかにせよと突き返せば良いのだ。
だが、お人好し国民を代表する我が国のヘタレマスジャーナリズムは、愚かなことに、おかしな言葉を、何か立派な「用語」か何かのように扱ってみせるのだ。
「用語」でも何でもない。単に無能で頭がおかしいというだけに過ぎまいに。
しかし、そういうものを、いったん相手にし始めてしまった時点で、ある種の〈共犯関係〉が成立してしまうのだ。
いつでもそうだ、この国は。
だが、こういう無内容な内閉的“定向劣化”言語を、国際社会は、自らの利益にならない限りは好意的には扱ってくれない、当然のことだろう。
日本の無能官僚が、「これは調査捕鯨だ、 科学的調査だ」とどれだけ連呼しようとどうしようと、内実がともなわなければ嘲笑われ蔑まれるだけだ、当然のことだろう。
「何が調査捕鯨だ、ふざけるのも大概にしておけ」と、まともな裁判なら心証を害する以上の何の効果も有しない。
要するに、まるで相手にされていないのである。
「防衛装備移転」なる言葉もそうだ。
「へぇ、そんな言葉で、貴国の国内世論がおさまるのなら、それで宜しいんじゃないですか?」と、冷笑されながら受け入れられるだけだ。感心されるわけでもなければ、当然のこと、感謝されるはずもない。
「我々が少しプレッシャーをかけたら、日本のバカ官僚どもは、また、訳の分からない“用語”をひねり出しやがった。まぁ、日本国内のことなど我々の知ったことではないからして。我々の国益に資することであれば、何でもやらせるまでさ」
まぁ、こんなところだろう。これが、恐らく限りなく実態に近い。

かくして、いざという時には、必ず敗北するはめになる。
用いている論理が、ことの始めから、欺瞞以外のなにものでもないのだから。まともに相手にされるはずもない。
日本国内でしか通用しない内閉的“定向劣化”言語の氾濫。
思わず“ガラパゴス言論”という比喩を用いたくなるが、安易な比喩に頼り過ぎるのは良くないだろう。
内閉的“定向劣化”言語、そういう言語が氾濫する天国、それが日本という国であるということを直視すること。そして、これは、けっして日本語の責任ではない。
日本に生きる私たちの生き方の問題であり、そこから派生してくる問題の一端に過ぎないものだ。

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