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2014年4月26日 (土)

「安全保障上の進展」「安全保障上の成果」とは、弱者を心理的になだめながら/慰めながら、物理的に切り捨ててゆくプロパガンダに過ぎない。

いやいやながら、『朝日新聞』なる、俗悪にして保身的な新聞をコンビニで購入してみた。(4/26付、地方版)

タイトルに示したような、共同声明発表後の日米政府の思惑を俗悪にして巧妙なプロパガンダに変換してみせる典型的な御用新聞にほかなるまいからだ。

読んでみると、予想通り2面に『時時刻刻」なる、この新聞がプロバガンダにリアリティーを与える際に多用する手法による特集記事があった。
この新聞のやり方は、読売や産経など、御用は御用でも、直情型のチンピラが読むに相応しいものよりも、隠微で巧妙という意味では、より伝統的で保守的な日本政府のやり方に親和的とみなせる。
大見出しからして、実に分かりやすい卑劣と卑屈が充満している。
『経済・安保 成果に明暗』だって。
本当にいやらしい。
リード文を読むなら、次の通りだ。
(以下、『』内は引用文)
『安倍慎三首相とオバマ米大統領の首脳会談は、経済と安全保障で明暗が分かれた。環太平洋経済連携協定(TPP)では、両首脳がアジア経済のルール作りを日米が主導するという目的では一致していたが、それぞれの国内事情が最後の妥協を許さなかった。一方、安全保障では中国や北朝鮮の脅威に結束して対抗することで足並みをそろえた。』
何かのお笑いグループの決め文句ではないが、本来なら「聞いてないよ」という話なのだが、表面的な喧騒としての「決まらない決まらない」という反復表現をカモフラージュにしながら、私たちが同意した覚えのない「土俵」の形成は既になされてしまっていることが示唆されている。
最も本質的な「論点」が、ア・プリオリのものとされて、やれ「豚肉」だ「自動車だ」という個別品目が、点滅する警告灯のような目眩ましとして用いられている。
いったい、TPP交渉において『アジア経済のルール作りを日米が主導する』ことを目的とするなどと、いつ決定されていたというのか。
『日経新聞』なる訳の分からない経済紙の論調もまったく同様である点も実にいやらしい。
この新聞は、わざわざ社説欄を用いて『TPPは「日米主導」ではなかったのか』なる意味不明の文章を掲載している。
あたかも、「過去に固い約束、ゆるぎない契りを結んだはずなのに一体どうしちゃったんだ?」という言い方である。
「聞いてないなぁ」…そう言わざるを得ない。
思想問題を個別問題に矮小化し、個別問題で大騒ぎを繰り返しながら、思想問題については解決済み、決着済みのように装う論理の用方は、プロバガンダ(政治宣伝・政治洗脳)の手法以外のなにものでもなかろうに。
私たちは、テレビから新聞まで各媒体が素知らぬ顔をしながら一致結束して流布してみせるこうした「官僚話法」、「マススピーチ」とでも言うべき姑息な方法にこそ敏感でなければならなかったはずだ。
だが、「マススピーチ」は、一定方向を指し示すベクトルの尻尾の部分は既に「過去」の中に埋没し動かしがたいものになっているものとして扱ってみせる。
『日経』社説などは、ご親切にも「TPPの要諦」なるものを次のように定義付け、教育的機能まで果たそうとしてくださる。
いわく、『TPPの要諦は、現行の世界貿易機関(WTO)協定では十分に扱えない新しい通商問題に対応するために、次世代の貿易・投資のルールを築く点にある』ものなのだそうだ。

「聞いてないよ」……

「なぁ、みんな、知ってた?TPPってさ、そういう目的があるんだってよ」
「聞いてないよ」
「え?TPPって関税問題じゃなかったの?」
「そういう側面もあるって話なんじゃない?」
「聞いてないよ」
「お前、そんなこと言ってたら、それはお前が無知なだけだってバカにされちゃうよ?」
「でも、聞いてないものは聞いてないよ」

こんなふうにザワザワし始める私たち切り捨てられるべき大衆を慰め、なだめるためにペアで用意されるものと言えば、安全保障問題だとだいたい相場は端から決まっている。

「我々、日米政府は、我々が経済的には切り捨てるキミタチ庶民が、せめて敵対国からは蔑ろにはされないよう配慮してやるのだから、有り難いと思え。そして、有り難いと思うなら、我々がキミタチから搾取する富については、あまり大騒ぎをするな」

これが、「安全保障問題の進展」や「発展」の内実であり、メッセージとみるべきなのだ。
つまり、「弱者切り捨て(搾取)政策」と「安全保障問題の進展」は、いつでもペアになって、私たちにもたらされるというわけだ。

こういうものをいかにも「国民のための努力」であるかのように取り繕ってみせるのが、「マススピーチ」の形成役を担う「悪徳ペンタゴン」の一画たる「マスコミ」の役割なのである。

肝心の「土俵作り」は、私たちの見えないところでいつの間にか確実に/シナリオに沿って/スケジュール的に行われるのであり、私たちが木戸銭を支払い、わくわくしながら観戦する土俵上の闘いは、フェイクであることが多いのは、現実の「大相撲」からも得られやすいいかにも分かりやすい教訓だったのにも関わらず、喉元過ぎればなんとやらで、私たちはいつでも体よく騙されては、後になってから臍を噛む。
今までもそうだったし、これからもそうなのだろう。
「同様の価値観」とやらを共有し続ける限りにおいて、それは変わらない。

本来なら、
「力による変更」が許されないのと同様に「騙しによる変更」も許されないはずなのだ、本来ならば。

だが、率先して騙されてくれる人々が多数を占める限り、今後もこのようなやり方が主流を占めていくんだろう。

「シナリオ思考」において、物語の「結末」はいつでもあらかじめ決定づけられている。
あらかじめ決定づけられた「結末」に向かってエキストラとして動員させられるのが、バカ面さらした私たちというわけだ。

こういう陳腐な手法が、いつまでも続くはずもないと思いたいが、「現実を見る」ことよりも「自己愛が満たされる」ことに快を覚える者が多数を占める限り、しばらくこのような“パラダイム”が継続されるしかないのだろう。

まさに、「辛い現実」であり、このような「現実」を直視しながら生きることの意味を考えることに、本当は、潜在的に莫大な社会的需要が眠っているはずなのだけれども、
……まぁ、いいか。めんどくさい。

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