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2014年5月19日 (月)

その“惨事”の波及力に堪えかねるように、韓国の朴大統領が大粒の涙を流しながら謝罪していた。現役大統領としての威厳の失墜した瞬間とも見えた。一方で我が国は、あらゆる不都合な情報を闇から闇へ押し流し、闇の中で取引し、決済する「闇市国家」を選択したかのようだ。

今、国内に安全保障上の重大事態が現在形で進行しいる。それを手をこまねいて見ているばかりなのが、我が国が抱えることになった危険な無能政府である。
自己責任による深刻な安全保障上の破綻面を目前にしながら、現行政府のとってみせる「それはさておき」という姿勢は、どう好意的に見ようとも、正常さの範疇から逸脱しているとしか思われない。
「ないものねだり」が高じて周囲が全く見えなくなっている安倍晋三なる総理職にある人物は、まさに、母屋を潰すバカボンそのものであり、あわれをもよおすのを禁じ得ない。
国家国民の安全保障に関する現代的な視点が徹頭徹尾欠落しているがゆえに、いかにも19世紀的な軍事的側面からしか安全の問題を語れない。それが、母屋潰しに精を出しているようにしか見えない我が国の“何も分かっちゃいない”バカボン首相の特徴のようだ。
周囲を固めているブレーンや彼を応援している者たちの能力も、よってそれ以上に歪んだ相当いかがわしいものであることは間違いない。
今、我が国で顕在化してしまったのは、国民の安全保障上、最も重大な打撃を与える可能性の高い存在は日本国政府自身にほかならないという、逆説めいた現実だろう。
その証拠に、現在進行形の日本本土における安全保障上の重大な破綻面/破断面は、一民間会社による殺伐感の拭えない努力に委ねられ、押し付けられているばかりなのである。
このことを不問に付して、今後の我が国の安全保障体制を云々することは、著しく合理性に欠ける態度だとみなすしかないのであり、政府組織が、国民の安全保障上のリスク要因にならないための新たな体制、新たなチェック機構の構築こそが求められているはずである。「憲法」を俎上に何かを語るのなら、その方向以外に喫緊の課題はないと言うべきだ。

さて、では改めてここで一度「兵器」というものについて考えてみたい。
「兵器」とは、広義には通信機器や運搬用車両など、間接的であれ、敵にダメージを与えるために有用なあらゆる器材を指すとのことだが、一般的には(狭義においては)敵を殺傷しまたは破壊する目的を持つ器材のことを指すはずだ。
その主目的は、生命または生命の生存に必要な人工物を含め環境を破壊することにあるため、「兵器」は、意図するしないとに関わらず、運用次第では、敵でも味方でもない民間人を殺傷したり民間の建造物を破壊したりすることはもちろん、自然環境にも危害を与えることがあり得る。
さらにその最悪の運用(誤った運用)に際しては、味方に対して「兵器」の主目的が機能する場合もあり得る。
ここまで言えば、もうお分かりでない方はいまい。
放射性燃料がメルトダウンし、燃料の状態すら分からないがゆえに、手付かずのまま放置されている/放置せざるを得ないでいる「福島第一原発」とは、明らかに「兵器」としての機能性を獲得してしまった器材なのであり、しかも最悪なのは、この「兵器」が、肝心の味方に対して機能し続けている点にある。
日本政府は、これに意図せざる結果というエクスキューズを付与したいのだろうが、意図しようがしまいが、殺傷能力及び環境破壊能力を有する器材が機能し続けている点において、まぎれもなく福島原発は、「兵器」として再生を果たし、そして機能し続けているのだ。
これが、我が国の安全保障上の最大の懸念事項でなくて何であろう。
安倍晋三という首相は、日本国民の命を守るのに人一倍熱心な人物であるようではあるが、現在進行形で機能を発揮し続けている「兵器」に対処するよりも、潜在的な可能性としてある危機の方が気になって仕方がないようだ。
また、国土の保全という意味においても、顕在的に回復不可能性が高まりつつある有人の本土の一部よりも、潜在的な危機下にある無人の離島の方が気になって仕方がないらしい。
むしろ、この首相をはじめとする日本政府の面々は、本土の危機的状況については、「気に掛けるな。気に掛けて、不安や心配の声を上げるなら、それは風評の流布とみなし、声を上げたものを処分する」と言っているようにみえる。
一方で、無人の小さな離島については、資源開発の可能性があるのかないのか知らないが、「常に気に掛けろ。仮にこの島が奪われるようなことがあれば、それは日本が終わる時とみなせ」と言っているようにみえる。
私は、日本政府から発せられるこの類のメッセージを受け取る時、常々奇妙にして強烈な違和感を感じざるを得ないのだが、その違和感の原因を探ってみるなら、以上のような、いかにもバランスを逸した、とても得心しかねるメッセージが、当の日本政府から平然と垂れ流されて来るからだろう。
このバランス感覚の失調は、直ちに社会的な治療が施されないと、やがて重大な妄想と暴走を生む可能性があると心すべきだろう。

物事には何であれ、プライオリティ、優先順位というものがある。
「スマホばかりいじってないで、ほら、宿題ぐらいやってからになさい」
全国のいたるところで発せられているであろう、主として母親のこのような台詞は、子供たちにプライオリティというものの存在を意識付けするためになされているものだろう。このような意識付けを、一般的に「躾」と呼ぶが、私たちは主として母親に幼少時からしつけられることによって、「うるさいな、煩わしいな」と思いながらも、物事にはプライオリティというものがあるということを自然に学び体得していく。
よって、社会に出てから、プライオリティに関する判断に問題の多い人物というのは、幼少時からの家庭内教育に多大な問題を抱えていた可能性が高い。
もちろん、同時並行的に進められる能力が十分にあるのなら、プライオリティ云々などと言わずに、黙々と同時進行させれば良いとも言えるのだが、現在の我が国に果たしてそんな余裕があるのかどうか。
分かりやすい比喩を提示してみよう。
たとえば、ある、水虫と重大な肝臓疾患とを同時に抱えて悩んでいる人物がいたとする。
その彼が、肝臓疾患については「オレから酒を取ったら何が残る」などと嘯きながらほったらかしにし、一方で、水虫については異様に神経質になり、水虫を完治させるためには、周囲から白癬菌の生存出来る環境を取り除くことが重要だとして、毎日毎日、訳の分からない消毒作業に夢中になっていたら、人はどう思うだろうか。
「精神のバランスを欠いてしまっている」とみるしかないのではなかろうか。
それどころか、身近にいる友人や同僚が親切心で、「キミ、水虫治療も、そりゃ大切かも知れないが、みろよ、これ。これは、黄疸じゃないのか?」と自覚を促すために心配したやったとする。
すると、突然逆上し、「お前はオレの悪評を風評として世間にばら蒔くつもりか?どういうつもりだ?これは、黄疸ではない。オレの手は生まれつき黄色っぽいんだ。そんなにオレに黄疸が出ているというなら、お前がデータにして示せ」などと騒いで暴れ出すにいたったらどうだろう。
そうなると、君子危うきに近寄らず状態が彼の周囲に出現することになるしかないのではないか。
それでも、誰か古い友人か何かが、「お前、ご家族が心配しているぞ。ご家族のためだと思って、早く治療しろ、明日、早速医者に行くんだよ」と良かれと思い忌憚のない助言をしたとする。
「何を言ってんだ。いいか、オレは家庭の最高責任者だ。オレが、家庭の最高責任者なのだ。オレのことも家庭のこともオレが決める。家族に口出しなんかさせない。ましてや、お前なんかに口出しはさせない」
こうなってしまったら、どうだろう。もはや何をかいわんやであり、誰も手がつけられなくなってしまう。
手をつけるとすれば、トラブルが生じるのを覚悟の上で、あえて手をつけざるを得ない状態であり、そのような覚悟を抱いてくれる友人こそ、真の友人であるはずだ。
だが、一旦、どうにも意固地な状態に陥ってしまうと、人間、しばらくは自分を含めた周囲の状況を冷静に判断できなくなることはあり得ることだ。
そういう意味では、同情すべき点もないではないが、ただ、それよりも重大なのは、今ここにあげた比喩は単なる比喩で済ますべきものなのかどうかということ。単に笑い話で済ましてしまって良いのかどうか、ということだ。
もちろん、比喩としての限界はあるだろう。
だが、一国の総理大臣ほどの人物ならば、明らかにバランスを欠いた精神状態になることなど絶対にあり得ないとは、誰も断言できまい。
できるはずがない。
だからこそ、近代以降の政治システムは、チェック&バランスを重視した、様々な制度上のリスク対策を構じてきたはずなのだ。
とりわけ、議会制の民主主義体制というのは正統性のある合議とそれに基づく手続きというものを基軸に据えた政治体制だったはずだ。
そういう近代の歴史上の教訓をふんだんに盛り込みながら構築されてきた制度の根幹が、何らかの理由で(予めか突発的であるかどちらにせよ)バランスを欠いてしまった人物と、その周囲に群がるいかがわしい思惑を秘めたガサツで野蛮で下賤なゴロツキどもによって、いとも安易に反故にされるのなら、それを「国家の危機」とみなしても杞憂にはあたらないはずである。
この「危機の進行」に対して、制度上あるはずのスタビライザーが働かないのなら、その国家の制度は不治の病並みの機能不全を発症しているとみるしかない。

何らかの緊急動議のようなものが、発されてもおかしかないような気がするし、何らかの正統な方法を、「国会」は模索すべくではないだろうか。

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