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2014年5月14日 (水)

その“惨事”の結果、韓国経済界は、安倍政権と手打ちをし、我が国政府は、竹島が安保条約の適用範囲外であることを確認したようだ。

経済系ニュースサイトのJBpressをみると、英国のエコノミスト誌による『マレーシア航空307便の地政学』というコラム記事が訳出されていた。
読んでみると、何というべきか、ともかくもこの事件をめぐる主要関係国の事実関係に関して非常に率直に述べた記事になっており、フィナンシャルタイムのように捻りを入れ過ぎていない分、逆に興味深い。
日本のマスメディアを丹念に調べているわけではないが、今や日本のマスメディアについては、あらゆる事象について「隠蔽」の方に比重がかかっており、日本政府や経済支配層に少しでもマイナスになるような事柄は、重要情報に限って積極的に隠蔽されているのではないかと疑われてならない。
マンガ『美味しんぼ』の原発をテーマにした回に関する騒動にしてもそうであり、日頃、新聞やテレビがまさに「公平性」を意識した両論併記型の記事掲載を心掛けていれば、あの程度の内容が、まるで「タブー破り」ででもあるかのように騒がれる方がおかしいということになったはずだ。
放射能に関しては、科学的に因果関係を断定できる「事実」というのは極めて少ないはずで、このことは、いわゆる反原発、原発推進双方に言えることだろう。
したがって、ある「事実」をめぐる評価は、拠って立つ立場の違いによって分かれざるを得ない面があり、「評価」に言及される際は、両論併記的な示し方をするのが報道機関としては公平かつ穏当な立場となるはずだ。
もちろん、報道機関とは、言論機関なのでもあり、たとえば社説その他コラム欄で、一方からの立場を鮮明にするということはあり得ても良いだろう。
しかしながら、その場合でも、自分たちのものとは立場を異とする者の意見を、社会的な力を背景に潰しにかかることはあってはならないことだ。
安倍政権ですら、「力を背景とした現状変更は許されない」と既に何度となく言明している。その点のみを取り出せば、この政権は、ごく常識的にみて正しい原則を述べていることになり、この原則は、国際政治のみならず国内政治にも当然適用されるべきものだ。
ところが、現実は違う。
安倍政権の用いる言語のほとんどは、「ガキの言い訳レベル」で上滑りしているのみで、ご都合主義さえ満たされれば、言語と現実の相関関係などどうでも良いとみなされていると見るしかないものになっている。
その象徴的な例が、『美味しんぼ』をめぐる騒動であり、首相本人こそ直接言及していないものの、官房長官を始めとする関係閣僚が、一マンガの内容について、野党時代に自らがした国会質問もなんのその、大っぴらに不快感を示すという異常事態にいたっている。
これが「力を背景とした現状変更」ならぬ「力を背景とした現状維持」でなくて何と呼べば良いのだろうか。
「力を背景とした現状維持」、それは言葉を替えれば、「情報統制」にほかならず、都合の悪い情報の「抑圧」と「隠蔽」によって初めて成り立つものである。
現政府は、マンガに示された情報を完璧に否定し得る根拠も論拠も十分に示すこともなく、「風評の流布に値するような情報を世間に出すのは不快だ」という一本調子の政治言語により、「力」を誇示している。
(本来あるべき)政府として異常な姿であり、また、そのような異常な政府のコメントを無批判に垂れ流すマスメディアは、(本来あるべき)メディアとして異常だ。
仮に、国内はそれでおさまったとしても、今の政府もマスメディアも、「外部の目」の存在、「観察する目」というものの存在を完全に忘れているか、忘れた振りをしている。
こんな杜撰な対応が、今時の情報化社会で通用すると思っている時点で、政府として論外だろう。
この「論外政府」の用いる「法の支配」なる言葉こそ、こうしてみれば、「政府による風評の流布」なのであり、「立憲主義」すら反古にして平然としている「論外政府」が口に出して良い言葉ではない。
この手の支離滅裂さこそ、安倍政権の特徴であり、語の意味内容と現実との相関関係・対応関係が失調している様は、反知性主義などという綺麗事を通り越した、理性では統御しきれない何か病的なものを感じさせずにはおかない。

……余談が過ぎた。(もちろん、背景にあるテーマは、同一なのだが)
話を戻すと、私は、前々回の『アジアに生じた二つの「惨事」』というコラムで、「マレーシア航空機事故は政治利用に失敗した惨事」と評してみたのだったが、それは単に私の情報不足によるものだったようで、エコノミスト誌によれば、米国は、マレーシアという国を自らの側に引き寄せるのに相当程度の成功をおさめていたらしい。
一方、中国は自国民に多くの被害者を出していながら、あるいはそれゆえに、微妙な立場に立つことにならざるを得ず、結果的に、米国の引き立て役に終わったようだ。
すなわち、「マレーシア航空307便不明事件」は、機体の発見にいたらずとも、十分に「政治利用」され、政治利用の側面から見れば、相応の成果をおさめた…つまり、ショック・ドクトリンは現実に作用した、と言える。
一介の庶民にしてみれば、実に恐ろしい話にほかならない。本来なら起きるはずのない、あるいはその可能性が極小の、得体の知れない“惨事”で、一つしかない命がいとも呆気なく奪われることもあるどころか、身内に対する遺族らの当然の悲しみが、“政治利用”に供されることもあるわけで、これは死者に対する二重の冒涜とみなしても良いのではないか。
もっと酷いのは日本の大手メディアであり、“惨事”の周辺をめぐり、素人視線丸出しでわいわいわいわい騒ぐばかりで、いわば野次馬以下の興味本位で周囲に徒らに群がってみせるだけなのだ。
そこに徹底的に欠落しているのは「事実の究明と自らの言説を含む検証の視線」だ。
そして、どこかの“当局”が、「これにて一件落着」「撃ち方、やめ」と号令を発した途端、「いったい、そんなことがいつどこであったのか」という風情で、知らぬ存ぜぬ紛いの無関心を貫き始める。
あまりに異様な、まさに報道とは名ばかりの喧騒の流布と政治宣伝紛いの方向付けが白昼堂々と繰り広げられるのだ。
こういうことを単に「知り」、「確かめる」だけでも、何かが違って来るはずなのだが…。
どうも優秀な人々は、目前の仕事をこなすのに忙しく、こんなことには、頭も目も手も足も割くような時間は見当たらないらしい。
小規模の渦巻きが、いつしか寄り集まって手の施しようのない巨大な竜巻になるように、いたるところにある負のスパイラルは、やがて巨大なスパイラルの束となって私たちの生活を襲う……そんな気がしてならない。

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