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2014年7月16日 (水)

「誰がためのW杯なのか?」という問い掛けに最も苦しんでいたのはブラジルの選手たちではないか?

『誰がために鐘は鳴る』といえば旧き良き(?)米国の小説家ヘミングウェイの小説だが、「誰がためのW杯なのか」と、ブラジル人の口から聞かされることになるとは実際に報道されてみるまでは想像だにしていなかった。
ブラジルの貧富の格差が激しいことぐらいは知っていたし、近年は、新自由主義的な思潮とともに経済成長のためのいろんな無理な動きをしているらしいことも、ぼんやりとだが知っていた。
しかし、そうではあっても、サッカーのW杯の自国開催ともなれば、細かいことには目を瞑り、とりあえずは楽しもうとするのがブラジル人というもののような気がしていた。
もちろん、これは、要するに偏見なのだ。
「サッカー王国ブラジル」、「ブラジル人はみんなサッカーが大好き」
もちろん、これも、嘘ではないだろう。
だが、レッテルというものは、それがどんなレッテルであろうと、真実の一面を表しているに過ぎない。
世界で起きている様々な出来事について、自分なりに消化しながら掌握していたいのであれば、そんなことは当然のこととしてわきまえていなければならない。
わきまえていなければならないということを“知って”いるにも関わらず、しかし、分かりやすいレッテル/指標/データ/スローガン/物語の方に無意識のうちに引きずられているのもまた人間というものだ。
人間というものの弱さだ。
もし、私たちのような一般人が、それでもそれなりの情報リテラシーを身に付けていたいのなら、そういうこともまた“知って”いなければならない。
そのような「構え」が日常的に身に馴染んでいれば、少なくとも、日本代表を過剰評価するなどという恥ずかしい経験もしなくて済むということだ。
いや、ここでは日本代表など、どうでもいい。
問題は、ブラジルのあの歴史的な負けっぷりである。
「誰がためのW杯なのか?」
そして、「誰のためのW杯にしなければならないか」ということを、誰よりも過剰に意識し、誰よりも強い責任感とともに背負っていたのは、きっと、というより間違いなく、ブラジル代表選手たちだったろう。

自国開催とはいえ、試合会場の中にいた人の多くは、中流以上のブラジル人だったようだ。
だが、(細かなデータは持っていないものの)ネイマールにせよ誰にせよ、ブラジル代表選手には必ずしも恵まれた環境の中で成長してきたわけではない者も多いだろう。
そのような彼らが、ピッチの中でブラジル代表としてどう振る舞うのか、どう振る舞えばいいのか。

「単に勝つだけでは足りないものを背負ってしまった者たち」

つい、そんな感想が頭をよぎる。

対チリ戦で、PKまでもつれ込んでやっと勝利を決めた瞬間、ネイマールは膝から崩れ落ち涙していた。
ブラジルは優勝候補の一画という前評判だったが、彼ら自身は試合をしながらどう感じていたのだろうか。
特にネイマールは、自分に信じられないほどの負担がかかる中で何を思い戦っていたのだろうか。
少なくとも、その一端が、崩れ落ちたあの姿に示されていた。

「誰のためのW杯にしなければならないのか?」

彼らは、その問いの中で、恐らく精神的には既に一杯一杯だったのではないだろうか。
しかし、彼らは彼らのその誠実さを誇りにして良いのではないかと思う。
けっして口にはできない「誰のためのW杯にしなければならないのか」という問いの中で、彼らは目一杯戦い、ネイマールのアクシデントとドイツ戦の早い段階の出来事とで、まさに張りつめていた糸がブッツリと切れた姿をさらけ出してしまった。
だが、それは、単にサッカーという次元を越えたある「価値」を現出させようと、ある意味では絶望的な試みをしていた、どこまでも誠実な、リスペクトされるべき姿ではなかったか。

優勝は絶対条件だった。
だが、優勝したところで、「誰がためのW杯なのか」という問いが消えるわけではないことを彼らは知っていた。

そんな中で
「最低限の優勝すら出来ないことを彼らが悟ったとき、彼らは真っ白になって、これ以上どうすれば良いのか分からなくなっていたのだ」

その姿は、だが限りなく尊いものだったと言うべきだろう。


ブリジルは、これで、2年後には、リオでオリンピックをやるのだという。

何か、あまり良い予感はしない。

そして東京は6年後にオリンピックをやるのだという。
綺麗事だけのオリンピックが今から目に見えるようだ。
自分たちの醜さを偽るその深度に反比例する上辺だけの「おもてなしシティ東京」が世界の人たちを迎えることになるのだろう。

「誰がために五輪旗は翻る」てなもんで、うそうそしい寒々しい予感しかしない。

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