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2014年8月30日 (土)

いったい、この国はどうしてしまったのか。全国高校軟式野球準決勝戦、45回になっても決着つかず。

(この段落、8/31午前中、再追記分)
腹立たしいこと、この上ない。
テレビ朝日の『報道ステーション』なる殆ど場合、悪ふざけ報道しかしていない番組の連中が、案の定/予想通り、へらへらへらへらへらへら笑いながら、この件を伝えた。
しかも、「球史に残る」だの「レジェンド」だのといった形容詞付きで。
さらに悪質なのは、「脚光を浴びた軟式野球」なる台詞があったことだ。こいつらの主観にしてみれば、「脚光を浴びせてやった」ということなのだろう。
こういうプリンシプルなき連中ゆえに、日頃、リベラルぶっていても、安倍政権がむちゃくちゃやり始めたところで、それに対抗し得る論陣を張るといった本格的なジャーナリズムの仕事など一切できないのである。
この人たちは、したがって、ある意味では、産経や読売など俗悪な保守反動よりも更に悪質なのであって、私たちはその点を常にわきまえていなければならない。
政府官僚が敷いてみせる敷居線からは一歩も出てみせない追従主義・追随主義・ご都合主義が、この人たちに何らかの主義主張があるとすれば、それにあたるものだ。
もちろん、どんな組織であれ、全員が全員そうだということはない。誰が味方で誰が敵か、そんなことはがり言っていると、いつの間にかセクト主義に陥る自らの反省材料・内省材料として使うしかない。

(第一段落:8/31早朝追記)
この件、思った通り、「感動屋」が、これは感動すべき出来事なのだとして情緒の押し付け、すなわち同調強要・同調強制を開始しはじめている。本来ある事態を適切に管理すべき者たちの責任は不問にふされ、現場の人間・上位者には逆らい難い者たちの「死を賭した」かのような“努力”や“忍耐”ばかりが賞賛され称揚される構図が作り上げられようとしている。「正常さ」の「閾値」が忘れ去られることと、「法の支配」「立憲主義」が軽んぜられることとは、同じご都合主義による精神の堕落に他ならない。ここまで来るとこの偶然の出来事は、「政治的プロパガンダ」として利用され始めること必定だ。これが私たちを取り巻く「ひたすら頑張ることを強要される」現実ですよ。「ブラック企業」を栄えさせるイニシュエーションのようなものだと言っても過言ではないはずだ。「野球だから許される」「高校生の青春の思い出だから許される」そんなバカなことは本来ないのであって、本当に私たちは迂闊な存在ですよ。目の前には絶望的な荒野が広がってんですよ。(以上、追記)

他の話題に言及しようと思っていたのだが、この国が落ち込んでいる異常な社会空間の実態を象徴するような出来事が生じているらしいので、速記録のように残しておきたい。

今、NHKニュース他で知ったのだが、現在開催されている高校生の軟式野球全国大会の準決勝で、両校共に点が入らず、今日で45回を0対0のままで終え、結局決着は明日に持ち越されたとのこと。(さすがに、54回終了時点で決着がつかなければ、抽選という形をとることにしたようだが、もはや後の祭りだろう)

先日、プロ野球の話題で、耐え難い老人虐待について言及してみたが、今度は、いかに偶然が作用したものとはいえ、耐え難い児童虐待が公衆の面前で繰り広げられることになってしまった。
いったい、この国はどうしてしまったのだろう。何がいたるところで進行してしまっているのだろう。

まず、信じがたいのは、教育関係者、大会主催者ほか関係者らの無為無策ぶりだ。
軟式だろうが、硬式だろうが、高校生の野球部活動というのは、何を目的にやっているのだろうか。
教育の一環であるとともに、心身の健全な育成に資するためにやっているのではなかったのか?
今、生じているのは、無為無策にして、無能で無情なおかしな大人が、結果的に公衆の面前で繰り広げることになってしまった児童生徒虐待に他ならない。
こんな事が許されて良いのか?
全く信じがたい。
さらに信じがたいのは、これをニヤニヤ顔で報道してみせるTV局の連中だ。

いったい、いつから高校生たちは、こいつらに体の良い話題を提供させられる見世物人夫にさせられてしまったのか。
ジャーナリズムであれば、「異例」と「異常」の差異に関する感性は常に研ぎ澄ませておかなければならないはずだ。
目前で児童虐待に等しい光景が繰り広げられているというのに、なぜ、第三者の冷静な視点・意見をそこに提供することが出来ないのか。
ニヤニヤニヤニヤ薄気味悪いニヤケ顔で、偶然の出来事とはいえ、児童生徒にとって余りに過酷な状況を面白おかしく伝えた連中、本当に許しがたい。

これが、我が国の<人権>と<教育>をめぐる無知性・無感性・無感情・無能・無為無策・無分別の実態であり現実なんだよ。

ここに気付けない連中は、もう本当にお仕舞いなのではないだろうか。


「出来事」は「見世物」じゃあねぇんだ。


「悲劇」は「お涙頂戴」じゃあねぇんだ。


そういう基底的なことも省みるべき契機が一切もたらされようとしないのが、私たちの生きている社会の実態ですよ。

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